kame710のブログ

2006年7月10日高所から転落、障害者となり、オマケに胃ガンで胃を全摘してなおかつしぶとく生きています

カメキチの目(2014.9.7 私とはダレ?①)

 

 

  ♭ おたずねくださり、ありがとうございます 

  

 (ブログパーツUL5人目の方)

 

 

 

 今日は、よくいわれるが、いかに人間は自分のことがわかっていないか、という話である。

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 そもそも「自分」なんて、わかるわけがない。わかると信じてたら、大間違いだ。

 われわれは、他人からの注意・指摘(そのほとんどは「欠点」と呼ばれることが多いものだが)で、はじめて自分のある否定的な面に気づき、直そうとする(しない場合も多いです。逆にまれにほめられ、それがその後の人生を左右することだってあります)。

 いま言うことは、ちょっとした身近な動作・日常のふるまいの一つであるが、妻に指摘されるまで私はまったく気づかなかった。つまり、自覚したことがなかった。

 つれ添ってからの長年これで通したのだろか、いや、障害者となってからだろう。

 でないと、早々に離婚していたはず(いや、されていたに違いない)。

 

 それは返事のしかたのことである。

 この身体ではまったく、反抗期を迎えた息子が母に向かって「うっせえなー」と言うほどの迫力はないけど、ぞんざい。突っけんどん。投げやり。面倒くさそうに返事する。「わかっとるがね!」

 ある日の、「そんな言い方(返事)しなくてもいいのに…」と言われた。否定される感じがするとのこと。「情けなくなる」「みじめになる」と続けられ、まいった。

「わかってるヨ!」とニッコリ言ってほしいと言う。思えば『顔施』の実践である。

  そうだったのか…。返事ひとつでこれほど傷つけていたとは。

 ほんとうにホント、つくづく悪いと思った。だから、それからは先手を打ち、「さっきはゴメン」と謝るようにした。

 

 もちろん理由はあり、なんで返事がぞんざいになるかは、わかっていた。息つぎがうまくできない障害のせいで(返事以外にもあるけれど)なるべく自分の身体的動作・行為を省略しよう(ラクしよう)としてしまうのだ。

 でも、これは「ラクしてはならん」。そういう努力をすべき価値がある(と信じている)。

 

                              ちりとてちん

 

 

 

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