カメキチの目
おそらく、自分の人生の予定(といったら大げさですかね)になかったことを先日やった。
と仰々しく、大きく出たが、なんのことはない。
「京都マラソン」という市民マラソンに、私がこのブログを始めたころにとっても励ましてくださった「恩人」みたいな方、ご〇さんが出場されるので、その応援に行ったのだ。
「応援」したいと思ったのは、さく年、住んでいる近くでの有名なマラソン大会を見に行って、選手さんたちが必死に走っている姿に身震いするほどの迫力を受け、感動したからだ。
ご〇さんのブログ記事。
参加された市民マラソンでの走りのようすがとても魅力的に書かれている。
「ご〇さん、スゴイなあ!」と感心しても、じっさい、お姿を拝見させてもらっていないので、「感心どまり」だった。
「ご〇さんの走っておられるところをみたいなぁ。そばで応援したいなぁ」
これ見よがしに言ったわけではないのだが、神さまに声が届いたらしく、しばらくたって、ご〇さんから「京都マラソン」というのがあって、参加の抽選に当たったとの朗報があった。
これも、「これ見よがしに…」ではないのに、ツレは着々と応援のための一切の準備をしてくれていた。
当日
ヒェ~! 1万6000人。当日の参加者数。
コースの道路を駆けぬけるのは1万6000人という私たちはみたことのない多数。
ではあるけれど、目あてはご〇さんお一人だ。
1万6000人の中から一人を探すのはむずかしいらしいが、道路の幅なんて知れてる。そこを駆けぬけるランナーの中にご〇さんを見つけることくらい、不確かな自分の目でもわけないとタカをくくっていた。
が、とんでもない間ちがいだった。
ツレはとても細かな性格(同じ血液型なのにぜんぜん違う)だ。
ご〇さんがこっちを見つけやすく、本人はわざわざ赤いつば帽子をかむり、ご〇さんのアイコンマークの応援団扇まで用意し、私に渡した。
われわれは目立つところに陣取った。
ランナーのみなさん。必死だ。真剣だ。
どの人にも「ガンバレ!」と声をかけたくなる。
息が続かないのでときどきだけだが、声をかけた。彼女は「しんどくなるのでやめたら」となんども言ってくれるが、ランナーの姿は沿道の人々が応援したくならざるをえないという感じです。
ギョッ! 気がついたときには目の前にご〇さんがおられるではないか(自分としたことが…あんなに目を凝らしていたのに…)。
こっちは二人とも応援に「真剣」なので、ときどきは「ご〇さん、まだか…」「(上の帽子から)青・白・黒・オレンジ(下は靴まで)だったな」「アレっ?ご〇さんと違うかな」
たまに情報交換するが、基本的に黙って道路を一心不乱に見つめている。
だから、とつぜん現られビックリ! お化けにあったみたいだった(ゴメンなさい)。
こっち近づいたら満面笑顔いっぱい(それは精いっぱいの気づかい。どんなに辛いことか…)にハイタッチして、即座に去っていかれる。
ちょっとしんどそうに体を曲げている後ろ姿のなんとカッコよかったことか…!
その背中に祈りたくなった。
おそらく応援に来た数えきれない多くの方が、自分の目あてのランナーに同じ思いをされていたのではあるまいか。
ご〇さん。ありがとうございました。
この10年。走れないが、身体を動かせることがどれほどすばらしいことなのか、痛感します。それが何であれ、できなくなって、うしなって、なくして、初めてその何かの価値、ありがたさに気づくのですね。
それにしても、いっしょうけんめいな、真剣な、必死な…姿。姿勢・態度というのは、真実、人間を感動させるもんなんですね。
まったくそうでないような私なんかもどんなに奮い立たせてもらえたか。
重ねてご〇さん。ありがとうございました。