♭ おたずねくださり、ありがとうございます ♯
(人目の方)
私には親友がふたりいる。うち、ひとりからは月に一・二度、遠距離電話がかかりたわいない長話をする。
この前は、「元気かい?」のあとプロ野球の話になった。
かのチームは貧乏球団である。私は勝ったときだけ「どれどれ…」というふまじめなファンだが、弟はちがう。地元ともいうこともあるが、まじめな正真正銘のファン。
友人は地元ではないけれど、弟に負けないほどの大ファン。シーズンオフのキャンプ地は、隣の県だが彼の住まいに近い。で、ときどき練習姿も見に行っているようだ(そこで、選手がヤル気を起こすようなヤジを投げかけているにちがいない)。
で、その話の中身だが。
いまや、日本球界でそこそこに活躍する選手がアメリカ大リーグでのプレイを望み、渡米。それぞれ自分を信じ、夢の実現に向けあこがれの新天地でがんばっている。すばらしいことだ。
だが…友人は言う。大リーグはいいが「(契約金が)高すぎる!」。
背景にはややこしい選手獲得上の問題とかあるのだろうが、日本の若い一人の野球選手の入団交渉で、われわれ庶民の生活感覚から浮き上がった大金が動いている。
この事実。だれだって、「オカシイ?」と感じるはず。
ものごとは身体で感じるのがいちばんだ。はじめに、身体で「変」・「おかしい」と感じたら、身体を信じればいい。そうは感じても、「オカシクない」「あたり前」とあとになって言うのは頭で考えた、理屈づけをした結果ではなかろうか。
彼は続けて話した。 ー こんなにお金があるなら、球界全体の底上げ(有名選手だけ手厚く待遇するのでなく)と、ファンの育成に使うべきではないか。たとえば、試合の入場料(一度も入ったことのない私は、聞いてその高額さにたまげた)を安くし、たくさんの人に来てもらうこと。大勢の観客にかこまれれば、選手のモチベーションも高まろうというもの。そんな試合中継をテレビ観戦した人が新たなファンになり、「一石三鳥」となってゆくかもしれない ー
そのとおり!すばらしいアイデアだと思う(私はここまで突っ込んで考えたことはなかった)。
じつは友人。電話のはじめは、その応援しているチームの、ことし活躍した選手が高額提示の他の球団に移籍しようとしているのを嘆いていたのだった。「(だれだれは)ここまで育ててもらった球団を離れるなんて…。恩義しらずなヤツだ…」(言っておきますが、友人は「信」とか「義」とか、古来からの人道・礼儀に篤いのです)
日本のプロ野球は、選手獲得の際、最初はくじ引きで公平だが、途中からは(契約更改・トレードなどで)、積んだ札束の多寡で公平は破られる。どこかの金持ち名門球団が有名選手のだれだれ(当の有名選手こそ、痛くもない腹を探られ迷惑な話。右も左もわからない野球少年時代から、世間から聞かされその名門を慕ってきたというのに…なのに。もらう金はだれでも多いにこしたことはない)に狙いをつけ、獲得。それでも“プロ”というのはすごく、現在の球団・各チームの力にそれほど差があるとは思えない。金持ち名門は有名選手であふれかえり、ひとつのポジションをめぐり競争激化。それがわざわいし、(私も聞いたことのある)自滅の道をたどるかっての有名選手も出て…(それを「かわいそう」というのは失礼というものか?)。
友人は突飛もないことを言っているのではない。それが「正論」だと私は思う。
彼もいまは隠居の身。じゅうぶん元気で、障害はいっさいない。だけど、それがタネとなり悩むこともあるようだ。隠居生活を私のようにのびのび楽しめず、ときどき電話口でボソボソ言う。「働かなくていいかね」
別に私がエラそうに言うことではないが、「私たちは働けるときはじゅうぶんに働いてきた」
このつややかに光っているのは銀杏です。つまりイチョウの実。
正確には、拾った実の皮をむき(「クサァ~」 )、炒って食う。
まるごとの自然を食べた気がした。原始人にかえったようだ。
原始人か…たまにそうなるのは悪くない。
悪くないどころか、必要ではないか。