カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

カメキチの目(2015.5.13 朝日新聞『折々のことば』)

 

            f:id:kame710:20150223121529j:plain

   おたずねくださり、ありがとうございます 

  

   

 

 

 

 

 4月から、朝日新聞は『折々のことば』という連載を始めた。筆者は鷲田清一さんという学者(哲学者)さんだ。

                        f:id:kame710:20150509160440g:plain

 絵に描けばこんな感じ。

 おだやかな人らしく、「アンタ、お笑いの人か?」と言われても怒らないのではないだろか。

 何年も前の『折々のうた』はちょっと古風な、かたぐるしい感じの歌や句・詩が多かったが、今回はハチャメチャな感じ。

 でも、そのハチャメチャぶり、枠にとらわれず、自由自在。そのはみ出しぶりがいい。

 

 じつは鷲田さんの著作を、これまでいくつか読んだことがある。

 ともかくわかりやすい。「哲学」をソクラテスやカントから、庶民の目線に下げてくれた。日本国政府とかがよく言う「シュクシュク」とは対局にある。

 一度に私はファンになった。「哲学」はけっして難解なものではない。前回、よく生きるために「死に際」を想ってみるのも必要だと書いたが、「哲学」もそうである。

 

 第1回は、「迷惑かけて、ありがとう」(コメディアンたこ八郎の最期の言葉。だいたい、大学教授がコメディアンを相手にするだろうか)。

 普通は「迷惑」とくれば「すみません」と謝る。だが、たこさんは、「ありがとう」ときた。生前、数えきれないほどの多くの人に、迷惑をかけ、世話になった。その人たちへの気もちをあらわした言葉だ、と鷲田さんは説く。

 

こりゃ、スゴイ!」

鷲田さんはそう感じ、受けとめ、そして考えたに違いない(私は、そう言うあなたがすばらしいと思いました。だって、言葉というものは、それをきちんと受けとめる人がいないと生きてこない)。

 

 でも、これって言葉だけじゃないですよね。

 

                   ちりとてちん

 

50 たいほう船

f:id:kame710:20150506214322j:plain

「たいほう船」とは、いちおう「大砲船」ということです。

ぶ、ぶっそうなものであります。なんせ、大砲は、いちおう武器ですから…

まっ、これよりどこぞの「テポドン」のほうが危ないですかね?

まっ、どっちもどっちか…

 

<