カメキチの目
あたり前のことではあるが、生き物は順をおっておとなになるんであって、誰にも青春時代がある。
私は今はカメだが、かつては人間だった。
遠いむかし、働きながら夜学にいったことがある。
その頃のできごとだ。
私は当時からいい加減で、怠惰ではあったが、やりたい仕事があったので資格を取るため、カネがあまりかからない夜学に入った。
それはいいが、思わぬコトで妻と子どもを授かった。
(人生はわからない)
いっぺんに所帯持ちとなった。
彼女も勤労学生だったが、稼ぎは私なんかよりずっとよく、そればかりか日本昔話『夕鶴』のおつうさんのようにしっかり者だった。
それでも与ひょう、じゃなかった私は、卒業したらきちんと勤め、家族を守るのだ、と強い決意をだいていた。
あるとき、通っていた学校で、学生自治会は政治的要求をかかげ、試験ボイコットのストライキを呼びかけた。
私はその要求には賛成だった。成績の悪さもあって、「渡りに船」の気分だった。
だけど、試験を受けなければ留年だ。家族を守れないことになる。
どうするカメ?YESかNO。黒か白。二者択一。
優柔不断な性格の私は迷った。悩んだ。あっちもわかるがこっちもわかる、そっちも。なかなか判断がつかない。が、つかないではすまない。
けっきょく「スト破り」の屈辱に耐え、試験を受けた。
それは、今は人生の一コマとなった。
(そのあと試験ボイコットがどうなったとか…。よく覚えていない)
が、心の奥深く「忸怩たる思い」がのこったのは確かで、いわゆる「心の傷」になった。
仲が良かった級友たちとつきあうことがなくなった(友の名誉のため言っておかなければならないが、私の後ろめたさのようなものがそうさせたのであり、彼らの方からつきあいを絶ったのではない)。
YESかNO。どっちかを選択しなければならない、ということは、長い人生でもそんなにあるわけではないが、あることはある。
ない方がいいけれど、あればいろいろ起こる。
でも、起こった厄介、めんどう、苦さは抱えるしかない。それも自分の人生の一部だから。
世の中には、どうしようもないモノゴトがある。起きる。
そのときそれを、世間のモノサシで幸とか不幸とか決めつけてはいけない。と、その後の人生で学んだ気がする。
95 サイフ
上の白いところから出し入れします。
実用にたえます。