カメキチの目
時の流れは容赦ない。
前に行ったときはまだ冬だった。
熊本大地震も起きていなかった。
日帰り湯に出かけた。
日替わり湯という浴槽があり、この日は「励明湯」という薬草湯だ。オウバク・ウイキョウ・シャクヤク・ショウガ…
薬草エキスがたっぷり入っていた。その証拠にむせやすい障害もある私は(というか私だけが)、なんどもコンコン、せき込んだ。ちょっと恥ずかしかった。
「励明湯」の隣に別の浴槽があり、その日は「黒川の湯」。阿蘇の北、人気の名湯「黒川温泉」を人工的に再現したという説明と効能が書かれた札が掲げられていた。
「黒川か…」
私は「人工黒川の湯」に浸かってのんびりいい気もちになった。
が、たぶん「黒川」という字を見なかったら、地震を想うことはなかったかもしれず、こんな自分の実態をみなくてすんだのだが…
そこを去り、露天風呂に移った。
目の前の雄大な湖この日帰り温泉は大きな湖に面しており、すぐそこに水草だらけの浅い入り江が見えますの水面を見ていたら、サァーっとツバメが飛んできてパシャリ。なんかの虫を捕ったようだ。
また、くちばしが白い水鳥「キンクロハジロ」か?がときどき頭や首を水のなかに突っ込んでいた。こっちは小魚を狙ってのことか。
また、小さ過ぎてよく見えなかったが、どうも仲間、いやカメらしいのがソロリソロソロ泳いでいた。
すると、ヒョンなことが脳裡に浮かんできた。
きょうという日を、ここでこうしてのんびり過ごしている自分とは何だ?
だいたい、こんなふうに過ごすこと自体が、働いていたり忙しくしていたりすれば不可能であり、そんな方々、すみません。
悠々とした湖。はるか先の山々や市街地。湖面にはところどころ、ボートが浮かび、いろいろな船が走っている。たった今、飛んできたツバメや頭を潜らせた水鳥たち。
そんなすべての存在と私。
今、目の前の景色を構成する一点としての自分。
突然、「自己存在」というか、自分が生きているということが、もろくも危ういもの。あやふやで頼りないものに見えてきた。
続いて、そうだからこそ、(人間に限らず)生きるということは尊いことなのだなと思った。
それでも、なんで熊本の人たちで、自分ではなかったのか…