カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2017.1.2 あけまして…

                                                  カメキチの目

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 あけまして おめでとうございます。

 本も よろしくお願いします。

 

       
          
-松樹千年翠 不入時人意-

   (しょうじゅせんねんのみどり ときのひとのこころにはいらず)

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 曲がりくねった幹、その先っぽには空に向けて開いて年じゅう緑を絶やすことのない針のような葉をつけた枝。

 自在に伸びひろがる松の姿がイメージされ、そんな松みたいな人になれたらなぁーとあこがれる。

 日本では古来、変わらぬ緑が縁起のよいモノ、めでたいモノの象徴の一つにもなり、
(ちなみにあまり意識しないのですが、自分もめでたかった)あちこちの庭園に植えられ観賞され、昔は街道筋には目じるし代わり、防風(砂)林にと有用的にも使われてきた。

 赤松林には希少なマツタケも!

 

 それは昔から誰でも知っているおなじみの樹。

 松の葉は、常緑だが、それは人にはいつも緑にみえるということであり、松の中では、季節とともに人しれず古い葉は落ち、新しい葉に変わり続けている。

松がいつも緑だということは知っていましたが、気づかないうちに松葉が入れかわっていること、更新されていることは、私はこの言葉に出あうまで、気づかなかったです。気づくのは落葉、紅(黄)葉する樹木だけでした。

 それに、岩肌の痩せた少しの土にもドッカと根を張り、空を、上を向いて風雪に耐えている。

まるで、♪『上を向いて 歩こうオォォ…』♪と唄っているようです。 

 よく観れば、幹の、曲がりくねった格好は、環境に応じて自由自在なのだ

 「トキノヒトノココロニハイラズ」

 いつもの緑、地に生えた姿は、変わらぬからこそ人の心に留まることは少ないかも知れないが、何がだいじかを私たちに語りかけている。

一年のはじめにあたり、あらめて何がだいじなのかを考えてみたいです。

 

 

                 ちりとてちん

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