だいぶ前に録画しておいたNHKBS1の番組『被爆の森』を視ました。
すばらしかった。
キーワードは「汚染の循環」。
番組を通してなんどこの言葉が出てきたことでしょうか!
ここでは、私の感想を三つ述べます。
その前に、下記の番組HPからの引用を。
(今回で7年目の制作ですが、2011年の原発事故の翌年を第一回目として、毎年つくられ放送されています。引用は2016年5回目のもの)
【引用】
「福島第一原発事故によって9万人もの住民が強制避難して生まれた広大な無人地帯。5年の歳月で、世界に類を見ない生態系の激変が起きている。人を恐れないイノシシの群れが白昼堂々と街中を歩き、ネズミやアライグマが住宅に侵入して荒らすなど「野生の王国」化が進む。原発事故が生んだ“被曝の森”は今どうなっているのか?生物への放射能の影響は?世界中の科学者たちの調査等から明らかになる知られざる避難地域の5年目の記録」
あれほど大きく原子力発電に反対の声が上がっても、
「エコ」が叫ばれても、
管理さえきちんとなされておれば、資源小国日本にとって、CO2排出がなく地球温暖化の原因にもならない原子力エネルギーは避けられないとの理くつで、「国策」としての原発推進は引き続いてこの国の「国策」となった。
「国策」だから、あのときテレビの前で起きかけていたことが「メルトダウン」であっても、政府お抱えの御用学者は「まだ、メルトダウンしていません」というようなことを言わざるをえなかったのだろうか。
私は「これから起きるのが『メルトダウン』だな。世紀の映像をみることになるのか…」と思ったもんです。
ご存知のようにいまでは次々と、大事故などなかったごとく(法令に基づく定期点検などを経てのことですが)原子力発電所が再び稼働している。
この猛暑だから(クーラーによる熱中症対策が有効なので)電力制限はあまり叫ばれません。「使いたい放題」はけっこうでしょうが、いつかツケが回ってきそう…。
電力エネルギーは人間の生活に欠かせないので、原発は「必要悪」なんだろうか?
原発再開以外のことでも(米軍基地とか)まったく同じように、
オカミに決めることに逆らえばソンをする。というより生活が成り立たなくなるような事態に遭遇することがある。
その際、運よく当事者にはならなかった第三者の私たち大多数は、わが身に害が及ばないかぎりは目をつむり、見て見ぬふりをし、「長いものには巻かれろ」を通す(した)。
私も然り。
このことは善いとか悪いの次元の問題ではないと思う。
権力・力あるものにないものがモノ申すことはなにをもたらすか?建て前では自由がいわれている社会、日本。でも、その自由とはモノ申す(逆らう)代償として「飢える(そこまでいかなくとも)自由」でもある。
話が変わりますが(いえもう変わっていました)、「公僕」という言葉の意味が真に実を結ばない限り、権力者と非権力者の格差、対立などはなくならない。公務員の汚職のような悪はなにも日本だけのことではありません。世界中にありふれている。人間の性(サガ)、人類につきもの、永遠のものなのでしょうか。
① 原発立地域の住民の方々も、今では
(腹の底では)「原発のリスクがわかった。もうやめてほしい。(原発は)出ていってくれ」と思っておられるのではないだろうか。
しかし、40年以上前、当初からリスクの心配はあっても国策という「大義」を受けいれた、食ってゆく(生活)ためにはそうせざるをえなかった。「地域振興」のために。
そのための莫大な補助金が注ぎこまれた(いまも)。
確かに、街・村は経済的に潤った。
原発が廃止されれば(地域から撤退すれば)、地域の雇用がなくなる。雇用がなくなるということは、人口が減る。人口が減れば原発事業者からの法人税とともに地域自治体の税収が減る。それだけじゃない。国からの、原発事業者からの補助金がなくなり、地域はさびれてゆく。
(沖縄にきわめてよく似ています)
この7年という時間の経過で放射能汚染が少しは下がったのを見はからい、やっと国は、福島原発の地元、大熊町、双葉町のごくごく一部を指定して、人が戻ってこられるように放射能を除染する対策をとることを決めた。
アリの一歩でも、復旧工事が着手されることが、住民には希望となる。故郷に戻れることになり、街・村が消えないで「再生」してゆく光になる。
番組では、望郷の念にかられたり心機一転やり直そうという方が、いつの日か一人でも二人でも戻ってこれるようにと、茂り放題の草や樹木にのみ込まれそうな街・村を、 自称「ジジイ部隊」という地元の自治体職員をすでにリタイアされた6~70代の男性グループが慣れない手つきながら必死で草刈機やチェンソーを操り、汗を流しておられた。もちろんボランティア活動。
(ジジイのがんばりは、感銘した若い町職員さんたちに引き継がれてゆきます)
だが、国は「ごくごく一部」を指定する。「みんな」指定はしない。
その上、指定されても国が示す条件をのまねばならぬ。「条件」とは?
大熊町のその指定地域。主要な道路の整備に、中に大量の放射能汚染土を隠しこみ、それを覆土するというもの。もちろん放射能が漏れないような細工を施して。
もちろん、「条件」受けいれに反対できる。
日本は「自由」が尊重される国なのダ!
でも、受けいれなければ、復旧はない。街・村は棄てられる。
人間の健康に被害がないといわれる時期まで、大熊町、双葉町の指定を受けなかった地域、受けても国の示す条件を受けいれなかった地域は放っておかれるのでしょう。
生きているうちに帰られる、それが「今を生きる希望」になっており、避難生活に耐えている人々。
②「汚染の循環」
虫が草や土を食う。その虫を小鳥が食う。その小鳥を…。
さまざまな段階、いろいろなレベルでの食の連鎖、生物連鎖の「鎖」を通して「放射能汚染」は巡りめぐる。まるでメリーゴーランドのように。
「放射能汚染」は放射性セシウムの自然崩壊まで待たなければならないのだ。
イノシシやアライグマの住宅地侵入による「野生の王国」化より、
衝撃を受けた映像は、あれから7年たった牧畜牛の野生化しつつある姿だった。かっての家畜が野生化している姿。
ウシがウロウロしている。
伸びほうだいの雑草、樹木。
森にのみこまれた街。
事故は、いまを生きている人たちだけでなく、確実にこの地でこれからも暮らし、ここで大きくなっていったであろう子ども、またその子どもたちの「未来」をも奪った。
科学者たちが山や森に入って(自らの体を張って)調査し、研究しておられた。
なかには、住民の方を集めてわかりやすく放射能汚染のことを話し、啓蒙活動をされる学者さんもいた。
ある高齢の科学者の言葉がいつまでも心に残った。