カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2020.4.3 『脳には妙なクセ…』

       カメキチの目

  

 

『脳には妙なクセがある』 池谷裕二

を読んだ。

著者は若い脳科学者。「能には妙なクセがある」ということで、その26のクセが

わかりやすく述べられていた。

26のうち2個だけに触れて書きます。

 

 科学・技術の目ざましい進歩によって脳の働き・

機能は恐ろしいまでに解明された

 

 前に書いた「祈り」の心だって、

祈るという行為が脳のAの部分を刺激し、その結果、

B物質(という化学成分=伝達物質)放出し、その結果

「祈念」という心の状態が発生する現象だと淡々かつ

爽やかに説明されそう。

 

 人類は気の遠くなる未来に物としてのヒトをやめ「神」(究極のAI)みたいな存在になるかもしれないが、

当分のあいだは、脳の働き・機能をAIとロボット

代替する方向で進んでいくから 「人工」(AI、ロボット)

「本物」(人間)のせめぎ合いが続くに違いない

 

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 今・現在は、ここにいる自分の脳が問題なのだ。

 

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① 脳、脳…と脳をいくら持ち上げても、

脳がいかに司令的な働きをしていても、

身体の一部だということを忘れてはならない。 

 

② 脳の反応は一人ひとり違う。

個性的だということも 。

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①について 

【引用】

〈脳の衰えを錯覚する理由〉

しかし、日頃から脳機能を専門的に観察している私には、脳自体はそれほど

老化しないように見えます。

先に衰えるのは、むしろ「体」ではないでしょうか。…

読書は持久力や筋力を浪費…

 

「歳をとったから脳も老化した」と言うけれど、

池谷さんは、身体じたいの老化が先で、そっちの働き

機能が衰えてきた結果として脳が弱ってきた、

鈍ってきたのがホントなのです、と述べられる。

引用にある「読書」には深くうなずく(読書は脳の力だけではなく、身体全体の

持久力、姿勢を支持する筋力に支えられて成り立っている。納得なっとく)。

本を読んでいると「ただいまエネルギーを消費中」と実感する(読書なんか身体を

動かさないからラクだと思いがちだが、身体が不調なとき、読む気は起きない)。

 著者は仕事がら多くの人をみてきた経験から、そう

言われる。

 

 

【引用】

〈「まずは形から」で幸福になれる〉

笑顔を作るから楽しいという逆因果

笑顔に似た表情をつくると、ドーパミン系の神経活動が変化する…

ドーパミン」は脳の報酬系、つまり「快楽」に関係した神経伝達物質であること

を考えると、楽しいから笑顔を作るというより、笑顔を作ると楽しくなるという

逆因果が、私たちの脳にはあることがわかります。…

 

「まずは形から」というのは、「まずは身体から」と

いうのと同じことだと思った。

いや、「病は気から」ともいうし、「まずは気もち(心《精神》)」という立場も

ある。

けれど仏教、とくに禅の修行では(意味や意義はそのうちわかる《悟る》から

まずは行動がだいじ)「行」「形」が先にあるという立場をとる。

 滅いった気分ではあっても、無理やりでも笑顔を

つくれば晴れることがある。

 また仏教の話だが、「お布施」の中に「顔施」

という功徳がある。

 笑顔を作って他人に接することのたいせつさを

教えている。

 また他人の笑顔が自分に返り、幸せな気分にする。 

笑顔はまさしく「幸せのおすそ分け」。 

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②について

 

【引用】

〈ヒトは自分のことを自分では決して知りえない〕 

80%以上はおきまりの習慣に従っている

私たちは意識上では極めて自由に行動しているつもりであっても、現実には、

本人でさえ自覚できないような行動のクセがあって、知らず知らずに、

活動パターンが常同化しています。

 

〈自由意志は脳から生まれない〉

意志は脳から生まれるのではありません。周囲の環境と状況で決まります…

自由意志とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の大部分は環境や刺激によって、

あるいは普段の習慣によって決まっているということです。…

〈自分で決定したつもり〉

おそらく各個人の脳に「思考癖」があり、その癖が、目の前の情報への反応や

解釈に偏向をもたらしているのでしょう。極言すれば、私たちの反応はすでに

決まってしまっているという言い方さえできるかもしれません。

→「自動メンタル連合」。物や言葉に対する反射

ヒトは自分自身に対して他人なのです。…

だからこそ、人の成長は「反射力を鍛える」という一点に集約されるのです。

そして、反射を的確なものにするためには、よい経験をすることしかありません。

 

 池谷さんは、

80%以上はおきまりの習慣に従っている

おそらく各個人の脳に「思考癖」があり、その癖が

目の前の情報への反応や解釈に偏向をもたらして…

→「自動メンタル連合」。物や言葉に対する反射

と述べる。私もそう思う。

 

 自分という人間について、とくに若いころはよく

悩んだ。「どうしてこうなんだろう?」と。

他人の目に映る自分の姿が気になった。

「性格」「個性」は、大雑把にいえば生まれつきの

ものが成長の過程でさまざまな環境刺激に揉まれて

形づくられていく。

 先天的なものは遺伝などでどうしようもなく

制約されているが、後天的な経験などは選択の余地が

あるものが多いので、著者がおっしゃるとおり

よい経験をすること」を増やし「反射力を鍛え

なければならないと思った。

 

 ところで、「よい経験」というのがピンとこないが、なんとなくはわかる気がする

(早くこんな本と出あうという「よい経験」もしたかった)。

 

ところで、「他人の目に映る自分の姿」は、歳とともにだんだん自分に慣れて

自分と折り合いをつけられるようになり、バカボンパパの「これでイイのだ!」の

境地に近づいてきた気がする。

 

 

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                             ちりとてちん

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