「老い」の本が続いているが、また読んだ。
(若いお坊さんが仏教の立場で書かれたもの。情熱をこめたやさしい言葉で語られた平易な話だった。
前回の科学の視点からとはまた違い、「老い」といっても切り口によりいろいろある。
それがいい)
『老いて自由になる』 平井正修 という。
二つ書きます。
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① 諦めることのたいせつさ
ふつうは(あくまで愛情からの叱咤激励のつもりで)「諦めるな!(もっと)頑張れ」
と言う。
しかし、努力・忍耐・辛抱・根性がたいせつでも、これら「頑張り」だけでは
どうにもならないものが生きるなかにはあるということは、誰だってわかる。
人生には「運」とか「定め」、「ラッキー」と「アンラッキー」が厳然とある。
著者は言う。
われわれは人生に対し、「無力」を感じ「諦める」ことで前に進められる、と。
続けて言う。
【引用】
「私たちは長い間、便利な文明社会を生きてきたために、「どうにもならないことなどない」という
勘違いをしてしまったのかもしれません。…
どうにもならないことはあるのです。…
諦めることは、とても大切です。
「いずれ死ぬ」と知っていれば、きちんと生きていける。…
情報は、ときとして私たちを愚かな行動に走らせます。…あまり多くのことを知る必要がありません」
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② (いい意味で)流されることのたいせつさ
ここを読んだときも、ふつうは(状況に)「流されてはいけない!」そして
(流されないように)「もっと頑張れ!」というのじゃないかと思ったが、
これも「常識」に反し、著者は流されることのたいせつさを説く。
(ただし、「いい意味で」という条件付き)
「大勢に流される」「長いものにまかれる(流される)」のとはてんで違う。
「いい意味で」とは何か?
考えてみよう。