『生かさず殺さず』 久坂部羊・著 という医療小説を読んだ。
たまたま見つけた本だったが、読んでほんとうによかった。
長く生きることはいいことだと思う。自分も長生きしたい。
が、個人によりいろいろな現れ方があるらしいが、痴呆症になる可能性もある。
痴呆症になったうえに、入院しなければならない病気にもなる可能性もある。
健康なままの長寿が望ましいけれど、そうはいかないところもあるのが人生。
だからこそ、こんなおもしろい物語が生まれるのだろう。
さまざまな病気をかかえた痴呆患者さんの専門病棟。
そこの医長を務める中年の誠実な男性医師が主人公。
(痴呆専門病棟は、さまざまな病気の痴呆症患者の治療を内科、外科など他の病棟の医師と協力・
連携をしながら行い、治ったら《痴呆のほうは治らないが》退院してもらう。
主人公は、もっと《患者》をおいてほしい家族の気もちに同情するけれど、退院してもらわざるを
得ない日本の医療制度の現状があり、悩んでいる)
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物語は、主人公があるトラブルに巻きこまれることにより(主人公が人間として
医師として誠実であるがゆえに)照らしだされる現代医療の問題点、それだけでなくて
時代を超えた課題、「医と倫理」・「死」という医療の根本を深く考えさせる。
(それだけではなく)読みようによっては、人生そのものまで。
強く感じた三つのことだけ書きます。
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① 「満足する力」
「感謝する力」
あるトラブルに巻きこまれることにより主人公は窮地に立つ。
物語の終盤、その窮地に立ったとき、上記の言葉を知ることになり、救われた。
(終わりに近づいてくるまでにいろいろなことがあった。
細かいスジはネタバレになるのでおいといて…
その「窮地」は主人公の誠実、自らの意思が作りだしたものでもあるから彼には覚悟ができていた。
「窮地」というのは、昔、外科医だったときのむずかしい手術で高齢の患者さんを死なせてしまった
ことがあり《手術の「失敗」のせいだと責任を感じ悩んでいた》、その患者のご遺族宅を訪ね、
奥さんに謝罪することになったこと。
そのむずかしい手術は不運なことに、不測の事態が起こったことが原因で、当時も今もそれは
「しかたなかった」こととして遺族側も、主人公の胸のうちでも片づけられていたはずだったが、
「あるトラブル」が、その古傷を思い起こさせることになったのだった。
《医師として人間として誠実であろうとする彼に、そのことは忘れようとしていても忘れられず
ずっと心の奥底でくすぶり続けていたわけだ》
「あるトラブル」がきっかけとはいえ、「しかたなかった」ではすまされないと、細かな手術の流れも
含めてあらゆることをていねいに説明し、謝罪したとき、奥さんから返ってきた言葉)
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奥さんは、亡くなられたご主人のことを「満足する力」、「感謝する力」を
持った人でした、先生(主人公)は一生懸命やっていてくださる、手術がうまく
いかなくても、自分にもしものことがあっても決して先生を悪く思ってはいけない
と言っていました、と話した。
主人、つまり夫は高齢になるまで生きてこられ、じゅうぶん生きた(⇒満足)
こんなに生きてこれたのもおまえ(奥さん)のおかげ(⇒感謝)と、
手術前からいくども言っておりました、と話した。
ご主人は人生を満足し、奥さんに感謝して死んでいったのだ。
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主人公の医師としての誠実さが伝わり、それをしかと受けとめたその患者。
二人の間にはしっかりとした信頼関係があった。
(私も入院の体験があるので実感としても、とてもよくわかり、深くうなずいた。
入院先の脳外科では手術はしなかったけれど、したとして、人間味あふれる先生なら手術が失敗して
死んでもいいと思ったことがある《残念ながら主治医はそういう人ではなかった)
医療行為を含めて人間の為すことは「失敗」を免れない。
(結果としての「失敗」の可能性、それがどんなに小さくてもあり得るということを想うと、
信頼、信じるということ、それで結ばれた人間関係がいかに大事かということを痛感する)
自分の人生に満足し、自分を支えてくれた人に感謝するためにも、まずは信じ
(いや、信じられ)なければならない。信頼関係を築かなければならない。
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② 現実を受け入れ、死にも抗わないことで、見えてくるものがある。
今という時間の貴重さ。末期の目で見る”今”の輝き。
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③ 本の題名にもなっている「生かさず殺さず」について
江戸時代、農民からの年貢の取りたての酷さをあらわす言葉としてだけでなく、
「百姓は、天下の根本なり。…百姓は、財の余らぬように、
不足なきように治むる事、道なり」ともいわれていた。
米づくりは世の根本。百姓自身が食っていけない(米が足りない)といけないので
不足のないように(食っていけるように)、余ると(遊んでばかりで)仕事に励まなくなる
から余らないようにするのがいい。⇒「ほどよく治める」のが肝要
つまり、「生かさず殺さず」。
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そもそも、科学技術が医療面でもこんなに進歩、発展したから長生きできるように
なり、「人生100年時代」といわれる社会に日本はなった。
しかし、「長寿大国日本」は「痴呆症大国日本」でもあり、医療大国日本は
痴呆症になっても身体が元気であれば、長生きを可能にしている。
(病気になったままでも医療の力で長生きできるようになった)
物語の終わりの方で、いつも患者さんへの最善の処置、対応を考え、悩んでいる
主人公の姿を見ている妻がふと呟いた。
(「ほどよく治める」は)「認知症の患者さんの治療にも当てはまるんじゃない?」