カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2023.4.4

『大震災のなかで-私たちは何をすべきか』  内橋克人

という本を読んだ。

 

 

本は東日本大震災が起きてから3か月後の6月にさまざまな方によって書かれた。

いちばん初めが大江健三郎

 

その人が先日、亡くなった。

(つい先には坂本龍一さんも亡くなった。

「いい人」と自分が思う方が早く死ぬと、これだけはどうしようもないと、いつものように

深いため息がでてしまって仕方ない。

文学、音楽と活躍されていた場は異なっても、お二人とも戦争反対の声を強くあげる人だった)

 

大江健三郎さんの小説は読んだことないので、何を書かれているのか知らない

けれど、憲法九条を守れ、原発反対など社会のたいせつな問題への意思表示を

きちんとされる人で、たんねんな取材で書かれた『広島ノート』沖縄ノート』の

著作があることも知っていた。

 

1994年、ノーベル文学賞をとったときの受賞講演で、そのときから26年も前に

日本人で初めて受賞した川端康成の講演「美しい日本の私」をもじった

「あいまいな日本の私」という言葉だけは、いろいろなところでよく聞いた。

(だから言葉だけは知っていた)

が、それは大江健三郎の言葉であっても、文学的な表現として、そういう流れの

なかでのものにすぎないと、ほとんど気にも留めなかった。

(気にかかることなく、その言葉さえいつの間にか忘れていた)

 

この本で初めて「あいまいな日本の私」に込められた深い意味を知り、

何度もなんどもうなずいた。

 

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「〈私らは犠牲者に見つめられている 

(「いっさいの軍備は持たない」「非核三原則」など、戦後しばらくは公然とは否定させなかった

理由は)日本人に戦争の苦難の、まだ生なましい記憶があったから

あいまいな日本人」とは日本人という主体が、この国の現状と将来において、

はっきりしたひとつの決定・選択をしていない、それを自分で猶予したままの状態

そして他国からもおなじく猶予されている、と感じている状態…

過去についての国の誤ちをはっきりさせないままでいる

 

        


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私らは犠牲者に見つめられている〉の「犠牲者」というのは、

東日本大震災で犠牲となった人々であり、あの戦争で犠牲となった人々。

 

自然が起こす災害は人為では防げなくとも、可能なかぎり最大限の努力で

国は国民を守らなければならない、戦争は国が積極的に行う合法的殺人だから絶対

してはならないし、防ぐことができる。

 

人間は忘れやすい動物であり、忘れることがたいせつなこともあるけれど、

忘れてはならないことがある。

歴史を学ぶのは簡単にいえば、忘れてはいけない「生なましい記憶」を過去から

引きだして頭、心に呼びおこし、「生なましい記憶」を教訓とし、

より長く生きのびる、生存を可能にするためのものだと思った。

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「あいまい」から、いい意味で私が思うのは、「両忘」という禅語。

「白か黒、どっちかはっきりする」のではなく、物事には間があるということ。

(色なら、グラデーション、白と黒との境にさまざまな灰色が)

人生みたいだ。

 

でも、戦争をするかしないかに「どっちでもいい」という「あいまい」な姿勢は、

許されない・認められないという次元、価値の問題ではなく、

そもそもあり得ない。

するのか、しないのか。

(二者択一、きわめて単純。

いかなる戦争も大義名分を掲げて行われる。

その大義が事実だとしても、戦争というものは、本質も実質も例外なしに人殺し。

たくさん人を殺した方が《ゲームではないが》勝ち。

殺された方が負け)

 

 

 

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                          ちりとてちん

 

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