『東京PD-警視庁広報2係』というテレビドラマはすごかった。
私にはほんとうに見ごたえがあった。
(もう1回、来週、最終回があります)
あまりにも気に入ったので感想を書きたくなった。
(「アンタの感想なんか…」と無視せずお読みくださるとうれしいです。
極力、短く書きます)
ーー
ともかく本当に「骨のある」ドラマ、物語だった。
刑事ドラマは、事件を通して社会を照らしてくれる。
フィクションではあっても、いやフィクションだから現実にはなくても、
ありそうな事件の、関係しそうな人々の姿をとおして、私たち視聴者の心を
揺さぶる。
いろいろな刑事モノを見たけれど、このドラマの主人公は刑事ではない。
番組名のとおり『東京PD-警視庁広報2係』の仲間たちみんなが主人公。
しかし、一応、主人公はいる。
けど、バタバタと犯人をやっつけるスーパーマンのようなヒーローではない。
しかし、彼の(いまは正確には刑事でなくても)『東京PD-警視庁広報2係』の
一員としての、その前に人としての被害者を思う感情の強さと犯罪を許せない
正義の気持ちが事件解決へのきっかけとなり、一つひとつの物語が進行していく。
(私の知る限り、警察《東京の場合「警視庁」》の広報がドラマ化されたのは初めて。
現実のニュースなどで「警察の発表では…」とやるのはこれだとわかった。
警察の公式の発表、会見に至るまでの警察組織内部での調整、段取りを仕切る主人公たち
広報職員の奮闘ぶりに私は息つくばかりだった。
ある物語の中で、上《警察トップたちのこと。上の上、政財界の「大物」からすれば「下」》からの
「警察は組織だ。その組織を守る、国民からの信頼を損なわないためにときには事実を隠蔽、
犠牲者が出ることはやむを得ない」との屁理屈、欺瞞を言われ、主人公たちはやり切れない。
だが、気骨ある捜査一課の刑事たちと立ち上がる姿に、
単純な私は救われるような気もちになった。

気持ち、思いが救われてもそれはドラマというフィクションの世界の中だけのこと。
そのことはわかっていても、個人が生きるためにはフィクション、想像、創造は欠かせない。
《去年の.9.26に『アンパンマン』という記事で前の朝ドラの感想を書いたが、これも私には
特別よかった》)

ちりとてちん
さくらさくら こどもは 頭から歩く 正木ゆう子