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kame710のブログ

2006年7月10日高所から転落、障害者となり、オマケに胃ガンで胃を全摘してなおかつしぶとく生きています

2016.8.23 不寛容社会

 

                                                  カメキチの目

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 テレビの特集で「不寛容社会」というのをやっていた。考えさせることが多くあった。

 そのなかに「炎上」というのがあった。「炎上」を初めて聞いたときは、どこかで車が燃えたのかと思いました。

 ブログしているから、私が火元にならぬとは言えない。

 

 番組は、今の日本社会がなにかと殺気だっている、結果・決着(〇か✖)を急ぎ、いら立っているという。

 要するに不寛容。余裕がないわけだ。

 余白・はみ出し・アウトロー…を認めない傾向が強い。

「結果を出す」という言い方があちこちでよくなされています。前提に、そのために「努力を惜しまない」という暗黙の了解のようなものがあります。

努力嫌いでいい加減な私はあまり好きな表現ではありません。

そんなことはどうでもいいですが、

熊本大地震などの自然被害の対応。とくに救済は「緊張感を持って」「粛々と」急がなければなりませんが、政治・経済など社会的なものはじっくり構える必要があるのではないでしょうか。

「不寛容」とは、ちなみにネットの「コトババンク」で調べたら、

【心がせまく、人の言動を受け入れないこと。他の罪や欠点などをきびしくとがめだてすること。また、そのさま】とありました。

つまり、キャパシティが小さいということ。(下品な表現ですが)「ケツの穴が小さい」こと。気が小さいことではけっしてありません。

 番組は、ネットの書き込みやsnsの「炎上」といった仮想世界の問題といってもこれが現実に結びつく場合があるので、「現実」と言った方がいいですかね、「クレーム」、「空気を読む」(「同調圧力」を含む)「過剰反応」、「自粛」…といった問題をあげていた。

 

 笑うに笑えなかったのは、

東京五輪エンブレム問題。

けっきょく、あのデザインは盗作の疑いが強い疑いが晴れなかったこともあるが、ネットやマスコミが大騒ぎしたので印象がきわめて悪くなり、引っ込めざるを得なくなった。

当のデザイナーは「騒がせた」ことの迷惑は謝ったが、最後まで盗用の意図はない、と言っておられた。真相は神のみご存じなのか。

発端はあるネットユーザーの、「このデザイン。どこかでみたような…?」らしい。その一個人の疑念に多大の反響があり、こんな結果。

番組でこの話題を聞いていて、私は「怖い」と思った。

エンブレムもデザインも自分には無関係だが、ひとごとじゃあないぞ、と感じた。

・あるノートの表紙絵の昆虫が気もち悪いという声(クレーム)で消えたという話。  

・坐った二宮金次郎像。

歩きながらの本読み、歩きスマホ・歩き「ポケモンゴー」は危ないからいけないですが、金次郎さんの時代はだいじょうぶだったことくらい、子どもにもわかるでしょうに。

 ・鬼やオバケなどで怖がらせてしつける、教育するのはいかがなものか?という意見。

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おかげで、秋田の「ナマハゲ」や似たような各地の伝統行事が悩ませられているらしい。

してはならないことを教えるために、鬼・オバケ・幽霊・妖怪・地獄…など異次元の世界を「怖さ」「恐ろしさ」として持ち出し、子どもが泣いて怖がるのを親が抱きしめて守る。ミソは「親が抱きしめて(鬼などから)守る」ということ。

子どもだけにではなく、親も子どもといっしょになって異次元の世界、鬼オバケ…を楽しむ。

そういうなかで、人としてだいじなものが(「人生ゲーム」じゃありませんし、すぐには結果は出ないですが)育まれると思うのです。教育とか子育ては、成果とか結果を急いではならない。長い長い目でみなくてはいけないのではないですかね。

 

 私は自分が不寛容とは思わない。でもそれはただ、いい加減であるに過ぎない。

「寛容」というわけではない。そんな徳からは縁遠い。

 歳をとってからは、殺人とかサギで子どもや老人、女性、障害者といった社会的弱者に被害を及ぼすヤカラを知ると、「こんなヤツはずっと監獄に入れておけ」と本気で思う。

 なんという不寛容…

 

                  ちりとてちん

 

2016.8.19  掬水月在手 弄花香満衣

 

                                                  カメキチの目

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           水月在手 弄花香満衣


       ‐みずをきくすればつきてにあり

      はなをろうすればかおりえにみつ‐

         と読みます。

         ちょうど、夕べは満月でした。

 

 月夜に、両手で水をすくってみれば、その水面にこうこうと輝く月が映り、花をもてあそべば、ほのかな香がわたしの着ている衣服に満ちてくるということ。

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 地方に住んでいれば別だが、都会ではなかなかこういう風流なマネはできないかもしれない。したくてもできないかもしれない。

 しかし、しようと思えば似たようなことはでき、中国唐代の詩人の心も味わえるというものだ。

 

ポケモン・ゴー」もいいけれど、「自然」もいい。

 無料だし、誰にも平等だ。

スマホを持たない者の「負け惜しみ」ではありません。

が、トホホ…

 

                           ちりとてちん