今日は4です。
⑯~⑱
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「死へと向かっていく存在
⑯ (ハイデガーの「自分は限られた時間である」)
時間をどう使おうか、と一瞬でも考える前に、僕たちはすでに時間のなかに投げ込まれている。
この特定の時間、ほかでもない自分の人生の経緯。
それが僕という人間を規定するのであり、そこから抜けだすことはけっしてできない。
…
何かを捨てて何かを選ぶという現実が重すぎて、選択肢がないふりをしているだけだ。
重い現実から目をそらしていたほうが、人生は快適かもしれない。
…
自分の有限性を直視して初めて、僕たちは本当の意味で、人生を生きはじめることができる」
「可能性を狭めると、自由になれる
⑰ やらないことをいかに選ぶか。どうやって心安らかに物事をやらないか。…
先延ばしするスキルを学ぶべき…
人生は先延ばしの連続だ。
…
完璧主義者は身動きできない
良い先延ばしをする人は、すべてを片付けることはできないという事実を受け入れたうえで、
何に集中して何を放置するかを賢明に判断する。
ダメな先延ばしをする人は、自分の限界を受け入れることができず、そのせいで動けなくなる。…
現実世界でのあらゆる選択は、できるかもしれなかった無数の生き方を失うことに直結する。
…
選択肢は少ない方がいい
妥協する生き方と、最大限に努力する生き方とを対比させるのは、そもそもまちがっている。
最大限に努力するためには、どこかで手を打つ必要があるからだ。…
(結婚のとき)「幸せなときも困難なときも」一緒にいることを誓うのは、
うまくいかなくても逃げださないと約束することで、より満足度の高い関係性を手に入れる
ためだ。
その他の無数の可能性(どこかにいるる理想の人)をあえて捨てたほうが、
目の前の相手にコミットできて、結果的に幸せな生活を送ることができるのだ。
「「時間がある」という前提を疑う
⑱ 人生のすべては借り物の時間
どんなに不快な出来事でも、それを体験できるということは奇跡的だ。
その経験が快適かどうかよりも、そこにいて何かを経験している事実のほうが、
圧倒的に重要なのではないか。…
自分が何をしているかは、もはやそれほど意味がない。
大事なのは、自分がそれをしているという事実だ。
…
一つひとつの決断は。目移りするほど素敵な可能性のメニューから何かを選べるチャンスなのだ。
そう考えるなら、「選べなかった選択肢を奪われた」という被害者意識を持つ必要は
まったくない。
本当はなかったかもしれない貴重な時間の過ごし方を、自分自身で選びとった結果なのだから」

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⑯
「 自分は限られた時間である」
まったく当たり前の事実だけど、生きていてこそ「時間」を感じる、
意識できるので、「 自分は限られた時間」というのはすごく実感できる。
「時間」を大切にすることは、自分を大事にすることなのだ。
「自分の有限性を直視して初めて、僕たちは本当の意味で、
人生を生きはじめることができる」
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⑰
「可能性を狭めると、自由になれる」
「やらないことをいかに選ぶか」
「人生は先延ばしの連続」
「完璧主義者は身動きできない」
「選択肢は少ない方がいい」
どれにも深くふかくうなずいた。
「可能性」と「選択肢」は違うが、何かを選ぶのは、数ある「可能性」の中から
あるものを決めることだから、その「可能性を狭め」れば、少なくすれば
選びやすく、決めやすくなる。
つまり、「選択肢は少ない方がいい」ことになり、「自由になれる」わけ。
その「可能性を狭める」「選択肢は少な」くすることは、具体的には
「やらないことをいかに選ぶか」こと。
「やらないことをいかに選ぶか」のために著者が提案するのが「先延ばし」
(若いとき読んだ本に、何かが欲しくなったときは《先延ばし」ではないけど》「待つ」ことが
薦められていた。「3か月待ってみよう」と。
3か月待っても欲しい気持ちが変わらなかったら本当に欲しいということで実行すればいい。
《そうでなかったら、それだけのもの》
いまそれを思うと、「3か月」という期間、時間はそのときの自分という「限られた時間」の
「欲しい」という「やりたい」思いはも変わらず続いたことで本物だったと思えるわけだ。
子育てに「待つ」ことの大切さがよくいわれるけれど、それはある意味で「先延ばし」すること。
あらためて大事なことだと思った)
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「完璧主義者は身動きできない」「選択肢は少ない方がいい」
の話はとてもおもしろかった。
最後に述べられていた結婚の話は生々しく、とくにおもしろかった。
「その他の無数の可能性(どこかにいるる理想の人)をあえて捨てたほうが、
目の前の相手にコミットできて、結果的に幸せな生活を送ることができるのだ」
理想的、「完璧」な相手を求め続けているうちに「身動きできな」くなった、
つまりそんな相手探しに疲れ、面倒くさくなり、結婚自体への願望が消えた
ということは、けっしてあり得ない話ではないと思った。
(「あり得ない」どころか、私の近くにもいる。
理想的、「完璧」な相手を求めるのは「ほどほど」にし、「どこかで手を打」たなければならない。
それは「妥協する生き方」とはまったく違う)

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⑱ 人生のすべては借り物の時間
「借り物」という感じ方、見方は本当にすばらしい。
この本の著者、オリバー・バークマンさんは仏教者ではないけれど、
まるで仏教者みたいなことを言われる。
仏教は、この世、「人生のすべては借り物」だということをいう。
(ところでいま、突然思った。
イランに有無を言わせない奇襲攻撃をしかけ、ゴザで残虐をくり返すトランプやネタニヤフたちは
キリスト教、ユダヤ教の人間だろうが、。その宗教も「人生…は借り物」と言っている
のだろうか。
「借り物」だから生きているうちに何をしても神さまは許してくれると信じている
のだろうか。
戦争のような殺人、人の嫌がることをすれば地獄に落ちる、《さすがにこれはキリスト教などには
ないだろうが》輪廻転生、生前の行いにより次に生まれるとき何に生まれるかが決まるとは
信じていないに違いない。
私は死後の世界の存在、輪廻転生をこれまで信じていなかったけれど、これからは信じたい)
続いて述べられている「どんなに不快な出来事でも、それを体験できる
ということは奇跡的だ。その経験が快適かどうかよりも、
そこにいて何かを経験している事実のほうが、圧倒的に重要なのではないか。…
自分が何をしているかは、もはやそれほど意味がない。
大事なのは、自分がそれをしているという事実」
その後の「一つひとつの決断は。目移りするほど素敵な可能性のメニューから
何かを選べるチャンスなのだ。
そう考えるなら、「選べなかった選択肢を奪われた」という被害者意識を持つ
必要はまったくない。
本当はなかったかもしれない貴重な時間の過ごし方を、
自分自身で選びとった結果なのだから」
頭が床に届くくらい、深くうなずいた。

ちりとてちん
いささかの 銭借りてゆきし わが友の 後姿の 肩の雪かな 石川啄木