kame710のブログ

2006年7月10日高所から転落、障害者となり、オマケに胃ガンで胃を全摘してなおかつしぶとく生きています

2017.8.14   つれづれの記⑥

                                                  カメキチの目

              f:id:kame710:20150902114233j:plain

 

  

 【続き】

 

[学校①]

・広くない校庭をはさんで、小学校と中学校が向きあう。校庭は共同。小学生、中学生。ともに使う。

かわいい大きさの小学校は2階建。マッチ箱のような中学校は平屋建。もちろんどちらも木造。中学校は、7㎞先の街にある本校の「分校」。

私のいたころは、辺鄙な村でも、いわゆる戦後のベビーブーム世代だったので1学年1学級で小学校はちゃんと6クラス、中学校も3クラスあった。

中学校は中学校らしく、音楽室を兼ねていたが理科教室もあった。技工室(大工道具や旋盤などがある)(女生徒ばかりで入ったことないので覚えがないけれど)家庭室があった

でも、あまりに児童数が減り、私の中学校卒業後しばらくして、小学校は複式学級となり、中学校は廃校で7㎞を自転車かバスかで本校まで通うことになったらしい。

いまじゃ小学校も廃校となっている。が、校舎はどちらも昔のまま。遠い昔のまま。

いまは何に利用されているのか知らないけれど、まったく変わらないままの校舎裏手の小川、山々、田畑、点在する家々に囲まれて建ちつづけている(人はずいぶん減っても、減ったことにより人工物は荒れはてても、「国破れて山河あり…」のように、自然は自然のまま)。

私が通っていたころは、大きな石の忠魂碑や薪を背おい書を読みながら歩いている二宮金次郎像もあった。

                     f:id:kame710:20170810132221g:plain

 

ところで、

学校を見おろす低い山の上には寺がある。こんな村(何軒かの家が集落をつくり「字(あざ)」を構成。その「字」がいくらか集まり「大字(おおあざ)」をつくる。「大字」は感覚的には「村」)は現代でいう小学校区で、私の郷里あたりではたいていの村には寺がある。実家はその寺の檀家だ。

小学校時代。寺の息子がエラそう(「鼻持ちならない」)だったことをよく覚えている。彼は中学校は大きな都市の私学に進学。校庭を右から左に移るだけだった「平民」の私たちとは大違い。

ずっとずっと後年のこと。祖母はいつも「ナンマイダー…」を唱えていた模範的(祖母だけではない)信徒だったが、そういう彼女の背を見て育った父も(母も)いつの間にか敬虔な信者になっていた。私が50歳前、父が亡くなった。7回忌だったか、なんとその息子、同級生が貫録ある僧侶に変身して私の前に現れた。ビックリした! 考えれば驚くようなことではないのだが、決まったお経のあとの説教は私もうなずくような話をした。

人間の成長はおもしろいものだ。

 

・『ひよっこ』の主人公たちの社会への旅立ちは高校の卒業だったが、私のところでは高校に進学する者は少なかった。従兄姉(いとこ)も中卒が多い。

11年前の事故入院で、菓子折りくらいの箱に「ハチの巣」みたいに並んだ穴にさしこまれた小さな丸い棒をつまんで抜き、となりの「ハチの巣」に移すという作業療法のリハビリをやったとき、中学校卒業ちかくにやらされたことを思いだした。

それを「適性検査」という。

迅速にやれた者、速い者は手先が器用ということで(反対に私のようなトロトロした者は不器用ということ。思えば障害者にならなくても元々トロトロしていたのだ)手先の器用な者はそういう能力が求められる就職先が紹介された。

手先の不器用な者はどうなったか?そもそも私いがいに不器用な者がいただろうか。自分がいちばん不器用だったことは自信をもっていう(でも自分についていえば進学した)。

 

・中学校を卒業するころ、担任教師に対してとってもイヤな思いをしたことをよく覚えている。

ある学校に進学したかったが、自分の学力ではムリかなと思っていたので、受験はどうしたものかと迷っていた。

担任の進路指導にすなおに従うべきだったのかもしれないが、逆らって受験した。

逆らっても、かわいい教え子のこと、「すべってもともと」とか、オリンピックでなくとも「参加することに意義がある」などと私の「決意」を応援してくれるだろうと信じていた。

まだあどけない教え子を励ましてくれるのを期待し、それを担任教師の責務と思うのは「甘え」というものだろうか。

かわいい教え子が「15の春」に躓くのがわかっていながら、黙って見過ごすわけにはいかない、というのが担任の「愛情」、言い分だったのかわからないが、それまで私はその先生に愛されていると感じたことは一度もない。

その担任教師のいい思いでは一つとしてない。

受験の決意は半分、彼への当てつけだった。

まぐれに違いないだろうが(まぐれでも)、合格してしまった。

〈続く〉

 

 

                   ちりとてちん