カメキチの目
ふっと、心に浮かんだ。
「ふっと」何かが浮かんだというのは私のブログに多いことに、ふっと気づいた。
暮れに忙しくされている方々のことを想ったが、けっきょく私にはヒマ(いや、自由時間)が多いということ。
「忙」という漢字のごとく心を亡くすので、忙しく振るまわれている方、ネタなんかどうでもいいですから事故など起こさぬよう、お気をつけください。
『遠い世界に』と『若者たち』という歌、
それに『生きる』という映画が。
みんな古い。
「遠い世界」というのはあの世のことではなく、理想の世の中のこと。
だれもが「生まれてよかった」と納得できるような夢のような社会だ。
そんな青くさい…ことを、とバカにされそうだが、いいではないか。初夢くらい。
年が明けてさっそく、トルコでは銃乱射による無差別テロが起き、39名の人々が死亡し、大勢のケガ人が出ました。ケガは完治すればいいが、私のように、障害を生涯せおっていかなければならない人たちが生まれたに違いありません。
こんな悲惨が繰り返されると、「またか…」とあまりショックを受けなくなる、慣れてしまいそうです。
その「慣れ」のごとく、政治のリーダーたちはどこでも、「テロには屈しない…」と
金太郎飴を切ったような、ハンコを押したような、同じ発言を繰り返す。まったく能がない。
私にも策は見つかりませんが、「憎悪の連鎖」はどこかで断ち切らなければならない、テロが起きないような世界をつくらなければいけない、そのためには人智を集めて…ということぐらいはわかります。
日本もノーベル賞受賞のすばらしい学者さんたちを出したし、出しています。私が若かった1974年、いまの安倍首相の一族の佐藤栄作(佐藤B作という俳優さんは無関係です)首相が平和賞を受けるという信じられないような「ミス」もたまにはノーベル財団もしでかすようですが、おおむね、世界から人類の叡智といわれるものを発掘しているから、「テロをなくすために」という課題なんか、やる気さえあれば簡単なことでしょうに。できれば、一財団より「国連」がやればいいのですが、ムリでしょうね。
古いと言ったが、かっては私も若者だった。
新年を迎え(若いときが懐かしくなったのではありませんが)、パッとこの三つが浮かんだ。
お若いみなさん、お願いですから「ダサい…」と言わないで、たっぷりのヒマと機会があったら、ぜひとも聴き、鑑賞してみてください。
映画は白黒で、歌のほうよりずっと古い。
その映画を観たとき私は若者だったが、古くても名画ばかり上映する場末の小さな映画館でやっていた。
『生きる』
そんな映画、まったく知らなかったけれど、名前がスゴイ。まっ直ぐ。ストレート。
力いっぱいの速球という感じが迫ってきた。
あの『七人の侍』の黒澤明監督がつくったというし、小さくても名画劇場でやるというので行こうと決めた。
行った。
どんなによかったか! どれほど感動したか!
「ゴンドラのうた」というのを主人公が子どもが夢中になるブランコ、あのブランコをゆっくりゆっくり漕ぎながら口ずさむシーンは洟をすすらないと観れませんでした。
『さとにきたらええねん』や『この世界の片隅で』。ここで詳しく知りました。
そんなすばらしい映画があるんですね。