kame710のブログ

2006年7月10日高所から転落、障害者となり、オマケに胃ガンで胃を全摘してなおかつしぶとく生きています

2018.7.24 雑草

                                                  カメキチの目

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終日家にこもっているときは別にして、雑草が目にはいらない日はないほどです。

とくに夏は、草いきれムンムン!

 

それにしてもこの連続猛暑。前の連続した大雨(大雨は大災害をもたらした)。被害に遭った方が口をそろえたように語っておられた。「長い間ここに住んでいるが、こんなのは初めてだ」。

(覚えていないだけかもしれないが)私は雨や晴れがこんなに続くのは覚えがありません。

 

 植物学者の稲垣さんの本がおもしろいので、また読んだ。専門は「雑草」だ。

図書館は(雑草に親しみを感じる方が多くて人気があるのか)「雑草の本」はいつも誰かが借りています。

が先日、『雑草が教えてくれた日本文化史』というのが借りられました。

本は全部おもしろかったのですが、とくに雑草そのものを強く感じた話だけ紹介します。三つあります。

 

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① 踏まれてもふまれても立ちあがる強さ、たくましさ。これが雑草の一般的なイメージ。

実際の生態は、(たとえば、そのイメージぴったりのオオバコでは)

【引用】

 「オオバコにとっては踏まれることは、耐えるべきことでも、克服すべきことでもない。オオバコの種子は、水に濡れると粘着物質を出して、くっつきやすくなる。そして、靴の裏や、車のタイヤにくっついて運ばれていくのである。…」

「耐えるべきことでも、克服すべきことでもない」が胸に響きました。社会的弱者といわれている者には嬉しい言葉です。

たまたま、いまの社会では生きにくい「弱点」を背負った者たち。その「弱点」は「耐えるべきことでも、克服すべきことでもない」。

 

 雑草はそのイメージが尊ばれ、戦国時代には武将はこぞって雑草を家紋にした。

カタバミ」、水草の「オモダカ」など。

              

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徳川だって、「この紋所が目に入らぬか」の家紋に、(「雑草」とはいわないでしょうが)夏に咲くタチアオイを含む「アオイ科」の植物をあてています。

 日本の武士は逆境にあっても、それを乗り越えるしぶとさを感じさせる雑草の強さを好んだ。

 雑草は、刈られてもかられてもまた生える。

 いや、道ばたとか田畑など、人に刈られる逆境(そこは生きていくのには厳しい環境なので、強い植物は敬遠する)こそ彼らの生きる場なのだ。

「逆境を味方につける」戦略だ

【引用】

「草刈に強い雑草にとって、ライバル(の植物)を蹴落としてくれる人間を、ずいぶんとありがたい存在だと思っているだろう。…ピンチはチャンス」

 ちなみに、中世ヨーロッパの王家はユリ、アヤメ、バラ…だそうだ。

 紋章ではワシ、ドラゴン、ライオン、ペガサス、ユニコーン…。

「わしはもともと強いんだ」と驕り、いつ逆境に陥るかもしれないとは想像だにしていないようです。

 

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② 争えば、(引き分けということもありますが、時間制限しなければ)たいていは勝ち負け決着がつく。強いものが勝つ。

 生物の世界では、負けは死を意味するから(勝たなくてもいいが)負けてはならない。だから、強い相手とは戦わない。

初めから、つまらない戦いは放棄します。戦わなければ、勝ち負けはない。

「逃げるが勝ち」なのです。

 

 植物にはCSR戦略というのがあるのだそうだ。

【引用】

「Cタイプ→競合型。つまり「強い植物」

 Sタイプ→ストレス耐性型。過酷な環境下に生育する。サボテンや高山植物

 Rタイプ→攪乱耐性型。変化の激しい環境に適応している

すべての植物はこの三つの要素をもっている。…

日本の雑草は、この変化に強いRタイプの要素を強くもっている」  

 1万年ほど前に、人類は農耕を始めるようになった。

 農業は、人の手による自然への働きかけ、改変、攪乱である。

ちなみに「自然災害」といわれるものは、自然による攪乱のこと。

自然災害である大規模洪水や河川の氾濫は肥沃な土地をつくります。人類はその洪水を灌漑設備を施すことにより被害を減らし、作物栽培を増やし、文明を発達させました。

(そうはいうものの、先の大雨による大災害などを想うととても複雑になる。何百年、何千年…という気の遠くなるようなスパンで自然の変化をみれば確かにそうなんでしょうが)

 

  日本の気候は温暖湿潤とよくいわれる。

私たちにはそれが自然で、生まれたときから肌になじんでいるので空気みたいなものになっています。

 それは植物の成長に最適な環境であるが、雑草にとっては天国となる。

田畑の草取りは、作物の豊かな収穫に欠かせませんが、「草取り」は人の手による「攪乱」。

攪乱、変化への耐性にすぐれた日本の雑草たち。彼らは草取りされ、きれいになった田畑にそこは「天国」とばかりに生え、茂り、「わが世の春」を謳歌する。

 でも、世界的、地球環境的には、それがいかに稀なことかをこの本を読んで痛感した。

 

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③ 日本人のしなやかな強さの秘密は雑草にあった。

 

沈下橋」というのがあり、「信玄堤」…というのがある。 

「柔は能く剛を制す」「柳に風」…というのもある。

 強い相手にはまともに向かうのではなく、こちらが身をかわすのがいい。相手をねじ伏せるのではなく、やり過ごす戦略だ。

 

 互角に持ちこむ。釣りで餌に大物が食らいついたら、すぐに引きあげるのではなく、時間をかけて大物を弱らせて釣りあげる。

そこまでいけば、あとは「時間」を味方につける戦略。

【引用】

「もしかすると日本人の応用力も、日本の豊かな自然の中で育まれていったのかも知れない」

 

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 最後に著者は言う。

 雑草は、「変えられないものは受け入れ」「変えられるものは変える」。

 日本の雑草に学びたい。

 

 

「変えられないものは受け入れ」ることが、生き残っていくためにとてもだいじだと思います。

そのために、まずは、「変えられないもの」を知る必要があると思う。

「温暖化」「酸性雨」など人間が生みだすものは変えられる。

でも、地球の動き、気候などの自然現象が「変えられないもの」であるならば、「受け入れる」しかない。

 

うまく受けいれて、災害にならぬよう、なっても減らすようにできればいい。

そういう技術がありそうなものですが…

 

 

                  ちりとてちん