カメキチの目
本には、
葉のつき方がある比率に従うという(私は初めて聞く)話、「ああそれ知っているかも…」と言いたくなる紅葉の話、タンポポなど(雑草といわれる)草花の話、ソメイヨシノとヤマザクラの話、法隆寺の柱(「心材」と呼ばれる樹木の死んだ部分が使われている)がなぜ保たれているのか?など、
身近で興味ぶかい話が数多くのっていた。
私は学校で「生物学」を習ったことないので今になって初めて知ることがとても多かったです。
たとえば、植物と恐竜の関係について、「被子植物とトリケラトプス」という話がありました。
【引用】
「トリケラトプスは首が短く、足も長くありません。しかも、頭は下向きについています。まるで草食動物のウシやサイのようです。
恐竜が繁栄したジュラ紀の地球には、巨大な裸子植物が森を作っていました。ところが恐竜時代の最後の時代である白亜紀になると、きれいな花を咲かせる草花(被子植物)が進化を遂げていました。…
被子植物の変化に合わせて適応したトリケラトプス。しかし、ついには被子植物の進化のスピードについていけなかったことが指摘されています。
被子植物は世代更新をしながら、さまざまな進化を遂げていきました。そして、食害を防ぐためにアルカロイドという毒成分を身につけたのです。トリケラトプスなどの恐竜はそれらの物質を消化できずに中毒死を起こしたのではないかと推察されています」
すごく印象に残った話を二つだけ書いてみる。
①タンポポ
春だけ咲くのかと思っていたら、いつも咲いている。
子どものころ、道ばたや田んぼのほとり、原っぱにタンポポが咲いているの見た(いまもタンポポはあっちこっち、しかも年中みかけます)。
花が終われば綿毛になった。
息を吹きかける。綿毛の種は風にのって舞いあがり、どこまでも飛んでいく。追うのがおもしろかった。
でも、それは春から夏にかけての一時期だった気がする(毎年タンポポで遊んでいたわけではないのでわからない)。
いつ頃からか、いつでも、つまり春以外の季節にもタンポポが見られるようになった。
そのうち、あれは「西洋タンポポ」ということを知った。昔から見るタンポポ(「日本タンポポ」)とは違うようだ(同じ頃から「セイダカアワダチソウ」をよく見るようになったのだろうか)。
本には書かれていなかったけれど、日本の「高度経済成長」と無関係ではないと思う。
「西洋タンポポ」は「日本タンポポ」より強いといわれるけれど、それは違うと著者は言う。
日本タンポポは自然豊かな環境でしか育たない。
春先はまだ他の草花は眠っているので、いち早く咲いて春の陽光をぞんぶんに浴びて育つ。
しかし、そのうちグングン伸びる他の植物に負けるので夏には来年に備えて根だけを残して枯れる(これを「夏眠」というそうです)。
そして、他の植物が枯れる秋から冬にかけて再び葉っぱを伸ばしてくる。
対して西洋タンポポ。
種が小さくて軽い。どこにでも飛んで行く。
そして一年中花を咲かせて次々に種子を生産する。
その上、受粉しなくても種子を作れるという特殊な能力を持っている。だから、日本タンポポはおろか、他の草花と比べても抜きんでた繁殖力を備えている。
都会の道ばたや、いろいろなところで、土と水分さえあれば西洋タンポポは見られる。
こういう植物の生息場所を「ニッチ」といい、どちらかが強い・弱いという問題ではない。
【引用】
「(「日本タンポポ」と「西洋タンポポ」を比べて)どちらが強いということはありません。どちらも自分の得意な場所を生息地にしています。このような生息場所のことを「ニッチ(生態的地位)」と言います。雑草と言えども、どこにでも生えるというわけではないのです」
日本タンポポをあまり見かけなくなったのは、西洋タンポポが勝った、そっちが強いということではなく(たしかに「繁殖力」は今のところ旺盛かもしれませんが)、日本タンポポが生きてゆける豊かな自然環境が減ったということ。
(②は次にします)