カメキチの目
このごろ
「嫌悪」、「クソ(ッタレ)ー!」の感情がひどくなった。
しかし
同時に真反対の感情も。
「嫌悪」の反対語はネット辞書では「愛好」と出るんですが、この場合はそれより「ありがたさ」「感謝」の念といったほうがあたっています。
つまり「怒」と「喜」、極端から極端へ感情が激しく動いた。
(いつだって「冷静沈着」でいたいけれど…。ぜったい無理ムリ…)
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■ 大阪の富田林警察署から逃げた勾留中の樋田という男には「嫌悪」「怒り」…の念だらけ。
(いまだ解決していない。まさか、このまま「未解決事件」となり、オクラ入り?)
山口の周防大島で行方不明になった2歳の男の子が、大勢の人の必死の捜索のおかげがあり、尾畠さんというボランティアのおじいさんに見つけられて無事救出にいたったのには「安堵」「称賛」「感謝」でいっぱいだった。
二つのニュースは同じころ起きたので、自分のなかでは両極端の感情が往ったり来たりした。
■ 私が樋田が憎くむのは、「逃走」事実ではない。
(「逃走」を可能にした警察のお粗末には呆れてものも言えません)
彼のこれまでの犯行のなかに「性的暴行」という卑劣きわまりない重大犯罪があることだ。また逃亡中に引ったくりを繰りかえすという現在進行形の犯行も加わわって、「許せない」という感情が沸々とわきだした。
自分より弱い人だけを狙うという根性が忌々しくてしかたない。
犯罪者はみな「自分より弱い人を狙う」わけではない。
(誤解を承知で言えば)銀行や貴金属店の強盗(おカネ、宝石類だけ盗む)などには私はあまり嫌悪しないけれど、
お年寄りたちを騙すオレオレ詐欺、女性に暴力をふるうDV・ストーカー・性的暴行、イジメ・虐待、ひったくり…これらは自分より弱い人たちを狙った犯罪は、腹がたってしかたありません。
■いっぽうに、尾畠さんのような方がおられる。尾畠さんだけではない。
尾畠さんは、理稀ちゃんを発見したのは自分ひとりではない、地元の人々、消防・警察・自衛隊みんなで探しはじめて3日目の、その日になってやっとボランティアとして加わった自分が短時間で見つけられたのは、大勢の人たちの努力があってこそのこと、みなさんとの協力の賜物という意味のことをおっしゃっていた。
もちろんこんどのことは、尾畠さん自身の「これまでお世話になった多くの人たち、社会への恩返し」という熱意で始められたボランティア、その豊富な体験が下敷きにあってのことだろう。
ところでテレビ視聴者獲得競争のかっこうのカモにされた尾畠さんはかわいそう。「スーパーヒーロー」扱い。報道のバカ《過熱》ぶりにはウンザリ!
人間や社会に悲観的になりがちなので、こんな出来事がとくに心にしみました。
(福祉の現場にいたとき、よくボランティアの方が来られ、寄付があった。「してやっている」という上から目線を感じない限りはとてもありがたく、背中に向けて合掌したい気もちだった)
【オマケ】
9月14日の朝日デジタルにこんな記事がありました。
つつましい“ヒーロー” 尾畠春夫さんのファッションと生き方
大雨や台風の多発、そして大地震。この夏は深刻な被災が続く中で、行方不明になった2歳の子をアッという間に見つけたボランティアの尾畠春夫さん(78)の活躍が明るいニュースとして話題になった。この人はそれだけの力量を持った魅力的な人物だということが、その装いからもうかがえる。そして、ファッションとは何かという問いへの大きなヒントも与えてくれる。
尾畠さんは大分県日出町から現場の山口県周防大島町まで、必要な用具と自分用の寝具・食料を積み込んだ軽ワゴン車で駆けつけた。深夜に到着した翌朝6時から捜索を開始。わずか30分で、行方不明中の藤本理稀(よしき)ちゃんを助け出した。警察や消防などが3日前から延べ550人で捜したが見つからず、生存が絶望視されていた矢先のことだった。
理稀ちゃんは、祖父が最後にその後ろ姿を見た位置から約500メートル道を登った先の沢の石の上に座っていたという。尾畠さんがあんなに早く発見できたのは、子供は迷ったら上に登るという過去の捜索体験からの直観や、「よしくーん!」との大声での繰り返しの呼び掛けに理稀ちゃんが反応したことなどが挙げられるだろう。
長く続けた鮮魚店を65歳で閉めてから、本格的なボランティア活動に専念。2004年の新潟県中越地震、11年の東日本大震災、16年の熊本地震、今年の西日本を襲った豪雨などでも、泥かきなどの地味な活動を身一つで続けてきた。その中で培った感覚や知恵が、その装いや所作に現れている。
赤い鉢巻きや濃いオレンジ色のTシャツは、汗止めや発汗性のためだけではなく、助けを必要とする人に目に付きやすいし、元気も与える。ネオンカラーの黄色い反射安全タスキは目立つと同時に、自身を守ることにも役立つ。ロープや大きなフックが付いたリュックサックは体と一体化していて、必要十分な中身が詰まっている。地味な灰色のワークパンツとはき古したトレッキングシューズは、彼の心身のタフさを象徴しているようだ。
他の被災地で着ていた赤いつなぎには、「絆」と大きく書かれている。また白いヘルメットには「朝は必ず来る」との文字が。偶然なのだろうがついでに言えば、文字メッセージを服に盛り込むのはパリやミラノのコレクションでも最新トレンドの一つでもあるのだ。
尾畠さんの装いは、その長期にわたる活動の中で選ばれ改良してきた積み重ねの結果なのだ。多分とても機能的で着心地も良いのだろう。ことさら派手でも独創的でもないが、それは彼が独自の活動をするためなのだから十分に個性的で、かつ魅力的にも見える。ファッションの原点は人が服を着て社会と出会う時に起きる「こと」だとすれば、尾畠さんはそれを素朴に体現していると言えるのだ。
幼い頃に農家に奉公に出され、苦労して鮮魚店を開業。自身の努力があったに違いないが、尾畠さんは「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め」という言葉が好きだという。インタビューでは「小さくても長持ちする、そんな生き方がしたい」とも語っている。
魅力的ということで言えば、尾畠さんはつつましいダンディーであり、ヒーローでもあるのだと思う。天才的な能力やカリスマ性は、たいていは熱狂と多く惨事を引き起こし、本人も悲惨な末路をたどる。しかし尾畠さんは、人のために自分ができることをコツコツと自分の力だけで続けているだけ。そのことに喜びと幸せを感じているからだろう。
だから、見つけた子やその家族に、そして各地の被災者に幸せをもたらせた。そして暗いニュースが続く中で、そのことを知った全国の人たちも明るい幸せな気分になった。いま求められているのは、権力や財力、暴力を誇示しようとするのではなく、尾畠さんのような人にほんのりとした幸せもたらすヒーローなのではないだろうか。
被災地では多くの警察や消防、自衛隊の人たちが、なんとか被災地のために、遭難した人をなんとか家族の元にと日夜活動を続けていることも忘れてはいけない。しかし尾畠さんが違うのは、権力に支えられた組織の力ではなくて、個人の力だけで活動したことだ。だから「よしくん」を警察より前にまず母親にみずから手渡した。それが母親との「個人的な約束」だったからだ。