カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2019.9.17 サスペンス 

         カメキチの目

 

 

 

 働いていたとき、仕事やめたら、好きな山登り

もっとしたい、日本全国鍋釜もって旅したい、料理を

覚えたい(ホントです)ボランティア…と思っていたら

できなくなった。

 で、テレビと読書の比重が圧倒的に高まった。 

 

 

 

 これまでにも書いたように、サスペンス番組を

(刑事ドラマなど)けっこうみる。

 

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 こういった物語はたいてい事件・事故が起き、

被害者・加害者双方が生まれ、主人公(多くが刑事です。

ところがこういうドラマを長くみているとわかりますが、この頃は各テレビ局が

趣向を凝らし、独自性を打ちだしたものが目だって増えてきました。

同じ警察ものでも、おなじみ捜査一課の刑事ばかりでなく、「死体の声を聞く」

ということで、遺体に目を向けた科学捜査や検視・解剖などの担当者、また以前は

オマケ的存在でしかなかった弁護士が主人公になるなど変化してきました)

活躍を中心に、登場人物「人間ドラマ」が展開、

事件・事故は解決を迎える。

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 できればハッピーエンドがいいけれど、そういう

終わり方にならないときもある。

 悲しい結末は珍しくない。

 

(二つ書きます)

 

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① 現実のさまざまな問題に深く切りこんだ物語は、

人間・社会・人生をみる目が重層的だから、複雑。

 で、話は単純には進まないから、私の集中力は

途ぎれ、追いつかない場合もしばしばだ。

(で、額を寄せたりむずかしい顔していると「これはこう」とそばで解説という

サービスがつくこともある。が、自分でわかりたいときもある。

そのときは理解できなくとも、後で全体のスジ・流れがわかれば、逆にそれを

ジグソーパズルのように当てはめて納得できることもある)

 

 ところで 、私の思う「出来のいいサスペンス」は

悲しい結末になろうとも、救いがある。

 つまり希望が持てる。そんな余韻を感じさせ作品

 

 そういうのは必ずといっていいほど、加害者に己を

重ね、同情し、共感してしまう。

 加害者が「加害者」にならざるを得なかった、

その人を傷つけざるを得なかった、と視聴者に

感じさせてしまう。

 悪いとはわかっていても、その激情を抑えることが

できず、「やってしまった」…。

 

(こう言うと司法関係者に「誰がやっても悪いものは悪い」と叱られそうですが、

彼らの上層部は、社会的な影響があまりに大きい《と表では言うけれど、本心は

「自己保身」のための「忖度」》ということで、国のような大組織のリーダー級

人物の悪には目をつぶる

私のいう「出来のいいサスペンス」は、吹けば飛ぶような将棋の駒みたいな個人が

たまりかねて犯す罪にはわが身を重ねさせ、「モリカケ」に代表される人物には

彼らの犯す悪を徹底的につく) 

 

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② 最近、救いのないサスペンス・刑事ドラマが

三つ続いた。

「続いた」と書いたが、私がこれまでみたなかでは、

こんなのは初めてだった。

 目をそむけたくなる場面がたびたび出る。途中で

みるのをやめた。これも初めてだった。

(録画を削除。うちひとつは気づくのが遅れおしまいまでみたが後味が悪かった)

 

「救いのある」というのは先ほど述べたとおりだが、

これらはそろって救いがなかった。

 うち二つは、殺人に喜びを感じるという加害者・

異常な人格(もうひとつも似たようなもの)が登場するのだ。

 あまりに現実離れした極悪人物の登場、悲惨な

事件設定。 

 

 どれも原作は海外である。

 一本はむこうで作られたままのもの声の吹き替えだけが

日本語だが、他の二本はその原作をもとに日本流に

アレンジされ、日本で制作されたもの。

(製作者はこういうドラマが支持される、人気が出ると思っているのだろうか?

こういうドラマがうまれるにはうまれるような社会的な背景があるのだろうか?

殺しに快感を覚えるということが非現実的ではあっても、そういう強烈な刺激を

求める空気があるのだろうか?

たかがサスペンスドラマとはいえ、気になった)

 

 

 

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                           ちりとてちん

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