気になりながらも忘れていた事件を扱ったルポルタージュがあるのを最近知り、
読んだ。
『43回の殺意-川崎中1男子生徒殺害事件の深層』 石井光太・著 という。

作家の宮部みゆきさんが本の帯に
「自分がこの事件の細部の多くを誤解していたことに気づいて驚いた」
「本書を読めば、おそらく多くの方が様々な点で、私と同じように驚いたり、
あらためて恐れたり悲しんだりすると思う。そして遼太君の記憶を新たにする。
本書はそのために書かれたのであり、こういう仕事をする人々がジャーナリスト
なのである」と書かれている。
(9年前のこの事件に私もすごい衝撃を受けた。
でも、初めのしばらくの間だけだった。
当時、仕事はすでに辞めていたので時間はたっぷりあったので「忙しさに…」ではなく、
日々の生活、その流れの中で自然に忘れていった。
《同様のショックを受けた1997年の「神戸児童連続殺傷事件」も、もっと前の「東京・埼玉
連続幼女拐殺害事件」だってそうだった》。
一通りのマスコミ報道を見聞きするだけで終わっていた。それでわかったようなつもりでいた。
こんな残虐、非道な事件の被害者に同情、加害者が許せない自分も、事件を知った多く国民と同じく
「正義の味方」になって終わっていた。
《「正義」は居心地がいいのだ》
14歳のA少年、宮崎勤が犯した事件についてはずっと以前、吉岡忍というルポライターの本を読んだ。
この本の石井光太さんも、さまざまな関係者へのしつこいほど細かくていねいな取材を続け、重ね、
その上に、いろいろな立場の専門家といわれる人たちの見立て、意見も紹介し、事件、犯罪の流れを
たどり全体像に迫る。
どちらもこんな非情な悲しい事件が二度と起きてはならないと、作者たちの並々ならぬ願い、叫びが
聴こえた)

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プロローグの初めはこうあった。
「二〇一五年二月二十日未明、凍てつくような風が吹きつける中で、中学一年の少年は全裸で血にまみ
れ、息も絶え絶えに河川敷の草地を這っていた。
数センチ進んでは意識が遠のき、我に返ってはまた数センチ進むといった状態だっただろう。口から
は助けを求めるようにかすかな呼吸が漏れていたが、川を流れる水音にかき消されたにちがいない。
少年の全身に刻まれた作業用カッターによる切創は四十三カ所に及び、…」
その残虐、凄惨な殺害方法と、被害者がまだ中学一年生、たった13年だけ生きた
だけの、あどけない子どもだったこと、しかも加害者たちも(年長の)少年であり
全国的な大きなニュースとなった。
(27年前の「神戸連続児童殺傷事件」も少年だった。こっちは「人を殺してみたかった」。
川崎は殺すつもりはなくても集団でカッターナイフで43回も切りつけ、殺した)
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事件の事実は動かない。
凄惨きわまる殺人事件は、加害者という個人が少年だったとはいえ、
決して許されるものではない。
しかし、そのこととは別に、神戸と川崎の二つの事件は性質、特徴は大きく
違っても、どちらも少年が起こしたことで共通している。
少年・少女という子ども、未熟な人間をきちんとした大人、社会人に育てるべき
義務がある大人集団から成る社会が監護責任を果たしていないから、事件は起きた。
(根本の原因は社会・時代の空気、病理にある。そのことを著者は何度も触れていた。
《直接的には加害者個人の個性や資質、親・家族、生活の場であるの地域社会にあっても》)
犯罪の重大さから事件は家庭裁判所の少年審判ではなく一般殺人事件として
取り扱われたが、判決は判例を踏襲した妥当な(痛くも痒くもない)ものだった。
(これで加害少年たちの更生が果たされるのか、刑に服した後の更生保護を含めて、司法制度の
さまざまな問題点にも本は触れていた)

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以下、読み終わってとても強く感じたことを書きます。
①子どもは敏感
子どもはこの社会、現代の病理、問題をいちばんよく映す。
どの少年が被害者になり、どの少年が加害者になるかは(確率は小さくても)
どの子どもでもなり得る。
(ひょっとして、自分の子ども、孫である《あった》かわからない)
そういう意味で、直接の加害少年も社会・時代の「犠牲者(被害者)」といえる。
②「親ガチャ」
(「親ガチャ」というのはコインを入れると何のおもちゃが出てくるのかわからない「ガチャポン」
に引っ掛けて、どんな親、家に生まれるかは「ガチャポン」みたいなもの、つまりウンの良し悪しを
いうらしい。
「社会ガチャ」というのもあっていい)
本の最後のほうに、息子を奪われた父親の腹の底からの、これ以上はない悲しみ
悔しさから加害少年たちへの抑えがたい怒り憎しみが話されていた。
その父親の苦渋しながらの言葉の中に、息子は「ウン(運)が悪かった」という
意味のことがあった。
どういうことか?
息子には自分たち夫婦が「親ガチャ」であり、川崎が「社会ガチャ」だった?
(つまり、死んだ息子にとっては13年後のこの世は、「ガチャガチャ」だったということ)

押し入れに 広がりいし 鰯雲 高野ムツオ