kame710のブログ

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2020.4.14 「苦境の今こそ、人類の好機…」

          カメキチの目

 

 

4月8日の「朝日デジタル」に、緊急事態宣言が出たこともあり、

    「苦境の今こそ、人類の好機 

    大澤真幸さんが見つめる岐路」 

という記事があった。

(大澤さんは社会学者。プロフィールの詳細はネットにあります)

 

私たち一人ひとりにとっての最大の関心事は、もちろん感染しないことにある。

ちょっと大げさに言えば「生き延びる」ことに。

そうなのですが、「苦境の今こそ、人類の好機…」を読み、たまには大きな目を

持って見るのもだいじなことだと思った。

 

「大きな目」といえば、

仏というのはおすがりする、身をまかせる以外ないほど大きい絶対的存在なので

祈るときは、自分と家族や友人知人というちっぽけな範囲にかぎらず、全人類を

対象にするのがよいと、どこかで聞いたのを思いだした。

 

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(引用が長いと読むのがイヤになるので、なるべく省略します。

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【引用】

――ついに日本政府も緊急事態を宣言し、世界中の都市から人影が消えつつある。

誰にとっても想定外の事態をどう捉えますか。

 

ウイルス自体は文明の外からやってきた脅威ですが、それがここまで

広がったのは、『グローバル資本主義という社会システムが抱える負の側面、

リスクが顕在化したからだと考えています。

未知の感染症は野生動物が主な宿主です。世界中の原生林が伐採され、

都市化された結果、野生動物との接触機会が増え、病原体をうつされるリスクも

高まった。… 

中国がグローバル資本主義を牽引(けんいん)し、国内外への人の移動が飛躍的に

増えたことが確実に影響しています」

 

 ――経済活動が地球規模に広がったことが危機を招いた、と。

 

『人新世(じんしんせい)』という言葉がある。人類の活動が地球環境を変える

時代が訪れた、という意味です。

人類の力が自然に対して強すぎるため、気候変動で大災害が頻発する。

それにより私たちはかえって、自然への自分たちの無力を思い知らされる逆説が

生じている。

今回のパンデミックも、私たちが自然の隅々まで開発の手を広げたことで、

未知の病原体という『自然』から手ひどい逆襲を受けている。…」

 

 ――現行の感染症対策をどう評価しますか。

 

「各国政府の主な対策は『多層的な封じ込め』です。

個人は外出しない。都市や地域を封鎖する。国レベルで渡航制限をする。

短期的には有効だし必要ですが、問題の解決にはつながりません」

 

 ――なぜですか。

 

「社会や経済のシステムが国レベルで完結していた時代(封建主義)であれば、

『封じ込め』は抜本的対策になりえた。… 

一国レベルで感染問題が解決しても、その国が幸せになるわけではない。

『○○ファースト』は、ウイルスの脅威には通用しません。

現代の世界各国は人体の各細胞のように依存しあって生きています。

細胞が孤立すると死んでしまうように、封じ込めを続けると、

国の存続自体が危うくなる。

現在、すでに『封じ込め』では対応しきれない崩壊が世界で進みつつあります。

医療システムの崩壊、経済システムの崩壊、そして人々のメンタル面の崩壊です」

 

 ――「メンタル面の崩壊」とは何ですか。

 

「たとえば、各国の医療現場で人工呼吸器の絶対数が不足し、高齢の重症患者と

若い重症患者、どちらに呼吸器を優先的に装着するか、

という選択を迫られる事態が多発しています。

人工呼吸器を若者に回さざるを得ないとの判断。

それは苦渋の決断で、社会を維持していく優先順位では、

ある意味で正しいとも言える。

しかし、その決断は『最も弱い立場にある人こそ、最優先で救済する』という、

人間倫理の根幹をないがしろにしてしまうおそれがあります。

そういう判断を重ねることで、倫理的なベースが侵され、

『弱い人を見捨てても仕方ない』という感覚が広がり定着してしまう可能性がある

パンデミックの長期化・深刻化は、人心の荒廃まで招きかねません」

 

(次に、中国は強権的な方法で感染の押さえ込みに成功しつつあるように見える

けれど、昨年、ウイルスに関わる情報をいち早くSNSで発信した武漢の医師を、

現地の警察は、デマで秩序を乱したとして訓戒処分にしたことなどを挙げ、

大澤さんは中国政府の発表は信用できないことが多いことを述べます)

 

感染拡大を防ぐためにITやビッグデータを活用すること自体は許されるべきです。

人類を挙げて感染症に立ち向かう時に、自ら手足を縛ることはない。

権力によるデータ悪用を危惧する声もありますが、情報の民主的管理を徹底して

対応するべきです」

 

 ――「封じ込め」に代わる対策はありますか。

 

感染症に限らず、気候変動など、人類の持続可能性を左右する現代の大問題には

国民国家のレベルでは解決できず、国家のエゴイズムが問題を深刻化…』という

共通点があります。

気候変動を食い止めるには二酸化炭素の排出を抑制する国際協力が不可欠ですが、

米国が国際協定から離脱することで水泡に帰してしまう。

新型コロナウイルスに関する中国の情報隠蔽(いんぺい)も同様です。

社会システム自体がグローバル化し、解決には地球レベルでの連帯が必要なのに

政策の決定権は相変わらず国民国家が握っている。

それは私たちが、現時点では自国に対して一番レベルの高い連帯感・帰属意識

抱いているからです(「アイデンティティ」を想った)。それを超える連帯を

実現させなくてはいけない。

例えば、現在のWHO(世界保健機関)は、総会で条約や協定を作っても、

加盟国に対する強制力はありません。

WHOよりもはるかに強い感染対策をとれる国際機関を設立することが必要です。

新型感染症対策では、その機関による調査・判断・決定が、各国政府の力を上回る

力を持つ。

各国の医療資源を一元的に管理し、感染拡大が深刻な地域に集中的に投入する。

人類が持つ感染症への対抗力を結集し、最も効率的に使えるようにするのです」

 

 ――これまでさまざまな分野で「国家を超える連帯」が訴えられてきたが、

ほとんど実現していません。「絵に描いた餅」では?

 

新型コロナウイルス問題がそうした膠着(こうちゃく)状態を変える可能性が

あります。

第一に、気候変動は非常に長いスパンで影響が表れる(が)

ウイルスはあっという間に世界中に広がり、一人ひとりの命を直接脅かしています

気候変動問題の存在を否定したトランプ米大統領も、

新型コロナウイルスについては『問題ない』との自説をすぐに引っ込め、

真剣に取り組まざるをえなくなった。

非常時には歴史の流れが一気に加速されます。

第二に、政治的・経済的に恵まれた人々は、格差や貧困、海水面の上昇など

従来の社会問題から逃れられたが、新型コロナウイルスには多くの著名人や

政治家も感染しています。

『民主的で平等な危機』であり、社会の指導層・支配層もわがこと…

その分、思い切った対策が進む可能性がある。

第三に、今回のパンデミックが終息したとしても、新たな未知の感染症が発生し、

広がるリスクは常にある

日常生活の背後に『人類レベルの危機』がいつ忍び寄るか分からないことを、

私たちは知ってしまった。

それが私たち自身の政治的選択や行動に大きな影響を与えるかもしれません」

 

(最後に大澤さんはこう述べます)

「人間は『まだなんとかなる』と思っているうちは、

従来の行動パターンを破れない。

破局へのリアリティーが高まり、絶望的と思える時にこそ、

思い切ったことができる。この苦境を好機に変えなくては、と強く思います」 

 

(注:黒字部分は追加、赤色はこっちで変えました)

ーーーーー

「地球」という自らが誕生したところを、人類は

思うように、望むように変え(壊し)そこでしか

生きられない他の仲間たちを犠牲にしたことの、

「地球」からの「しっぺ返し」である気がした。

 

 文明の発達によって地球は小さくなったのに、

人間たちは未だにいがみ合い、反目しあい、

殺しあっている。その「ツケ」のような気もした

オリンピックでは、「人類はこの《病原菌との》闘いに勝利し、この危機を克服し

今日めでたく記念的な第〇〇回東京大会開催…」と高らかに宣言される、

のだろうけれど。

 

 しかし、

これから私たち人類はどうすればよいのか?と、

大きなことでなくとも、自分はどうする?と、

考えなくてはやっていけない世の中が確実にくる

気がする。

 

(私もそのひとりですが)人間は『まだなんとかなる』

思っているうちは、…という大澤さんの言葉が

胸に迫った。

 

〈オマケ〉

① ここまで事態が悪化しても、中国が悪い、WHOは中国寄りだ、アメリカは

(WHOに出していたお金を)減らすという脅しをかけるトランプという人物。

なんとショボい、小さな男かとあらためてがっかりした。

アメリカ大統領の威信にかけて、「いまこそ世界各国が団結し、手を携え…」

と叫べば、ちょっとは見なおしたのに。

② 人工呼吸器の絶対数が不足、若者と高齢者のどっちに…という決断を迫られた

ときの問題を、私は当然わかり切ったように「そりゃ、若者優先!」と単純に

考えていた。そこで「思考停止」していた。

『弱い人を見捨てても仕方ない』という感覚が広がり」定着してしまう可能性

という倫理にまでは少しも考えがおよばなかった(それに、高齢者ならば誰もが

「若者にどうぞ」となるわけではなかった)。

 

そういう「食うか食われるか」(このコロナ禍じたいが「戦争」といわれているが

現実の戦争で戦場の兵士が相手を「殺すか殺されるか」の苦渋の決断を強いられる

のとそっくり)という危機的事態を(地震などの自然災害は除いて)招かないの

人類の叡智だろうし、現在の科学技術の到達段階はそれを可能にしている

のではないか。

 

 

 

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                             ちりとてちん

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