カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2024.3.15 これまでの結婚

先の記事で前置きのようなものを書いたが

『結婚不要社会』  山田昌弘・著 というのを読んだ。

 

結婚は昔とは違いライフスタイルが多様化した現代は

「結婚不要社会」になってきたという。

(「不要」ともいえるが、実際は「困難」?)

 

結婚は主観的には個人的なことで単純なのに、客観的には社会的で複雑だ。

(経済・法制度などハード面だけでなく、儀式、風習、常識などソフト面でも)

本を読み、そういうことをとても強く感じた。

ともかく、「結婚」を突っ込んで考えたことはなかった。

 

(前回の終わりに本の紹介は次回にと言いましたが、紹介というよりいつものごとく、

強く刺激されたことについてだけ書きます。

①これまでの結婚《今回はこっちだけ》 ②これからの結婚《次回》です)

 

         


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①これまでの結婚

 

いうまでもなく私たちが生きている社会は「近代社会」だ。

近代の理念の大きな一つは個人主義で、それは尊重されなければならない。

結婚は個人的なもの」であり、その意志は尊重されなければならないし、

おおかたされてきた。

(財産などの「相続」が大きな問題になる「名家」「資産家」の子弟でない限り。

そこでは家と家の結びつきが第一に考えられることがあるらしい)

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いまの日本の結婚、出産の状態は広く知られているとおり散々。

いくら結婚は個人的なもの」とはいっても、社会(国)全体は

結婚や出産に依存しているわけであり、結婚困難」「少子化現象を

国は黙って見過ごすわけにはいかない。

「エンゼルプラン」から「児童手当引き揚げ」など、国はいろいろいっぱい

やってきた。

(それらの無残な結果、一向に成果が現れていないのも知ってのとおり。

結婚困難」「少子化」は、長い目で見れば国の存続に関わってくる重大な問題らしい

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近代以前やもっと古い時代では、近代のような職業選択の自由」はなくとも、

自分の一族郎党、地域というコミュニティがあったので「将来にわたる生活が

自動的に保証されない」ことはなかった。

(助け合いが普通に見られたから、みんな貧乏でも分け合い《少なくとも》食っていけた)

 

そればかりか、伝統的宗教やコミュニティなどが、自分の将来にわたる

存在意義や人生の意味、つまりアイデンティティを保証していた」のだ。

(つまり「居場所」も用意してくれていたわけだ。

私の幼かったときは、大家族だった。家は狭く貧乏だったが明るく賑やかだった。

幼かったので、自分との関係《血筋》は全員までは分からなかった)

 

近代以前記事でも述べたが)結婚の目的の二つ、「生活の安定」も「親密性

も、いちおう保証されていたといえる。

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ところが近代社会では、「自分で仕事を見つけないと仕事がな」く、

将来にわたる生活が自動的に保証され」るわけではない。

そのうえ、「自己責任」ということが叫ばれ、(必ずしも結婚して家族を持つということ

でなくてもいいのだが)居場所」は自分で見つけなければならない。

 

何でも自己責任」に解消される近代(とくに代)

近代以前」は独りぼっちになり、存在論的不安」「実存的不安」を抱える

こともなかったのだ。

(「殺してみたかった」とか、わけのよく分からない事件は遠い昔はなかったと思う。

こういう事件は、「自分は生きている」という誰もが抱く感情が希薄になり、

「自分の存在感を確認したい」という誰もが抱く欲求が、歪な形であらわれたといえる気がする)

 

 

そう思うと、異性を求めることは動物という生き物として他のすべての生き物と

同じく、種が長続きするための自然な行動、本能だとしても、

別に「結婚」という社会的な制度というかシステムにこだわる必要はないわけだ。

 

〈オマケの話〉

NHKで『ドック』というイタリアの医療ドラマがあった(日本でこんなドラマが作られるだろうか

というほどすばらしいものだった)。

イタリアなどではごく普通、自然な挨拶のように異性(ときには同性)同士の親しさあふれる性的な

ふれあいがある。

それを見ていると、異性《ときには同性》同士の結びつきというのは本能的な自然なものなので、

別に結婚がなくてもかまわないと思った。

 

親密性」というのは多くの人が望むから、パートナーとなる異性はの元には欠かせないけれど

パートナーはいなくても子育ては出来る。

だから親密性」がなくなったのに夫婦だからといっていつまでも一緒にいる必要はなく、

離婚が普通になった。

切なのは親密性」の元「家族を持つ」ということであり、子どもが親密性」の対象となる

(そういえば「事実婚」「未婚」…という言葉もあった)

 

 

 

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                          ちりとてちん

今日の一句

三月の 甘納豆の うふふふふ  坪内稔典

 

 

 

 

 

 

 

 

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