(前回は⑫〈徘徊の出現〉まで。
今日はその続き ⑬から)
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⑬〈時を駆けることができない〉
彼ら(認知症者、痴呆者)は「今・ここ」で暮らしていることを何となく居住まいが悪いと感じ…
かつてこころ安らかに過ごし、プライドをもって生きていた時代に戻りたいのだろう。…
彼らが「帰る」「行く」とき、付き添って歩き、昔話に興じる。
そのとき彼らは、過去をもう一度生き直すのである。
…
⑭〈過去への執着〉
痴呆へのはじまりの時期にあって、痴呆を病むひとたちは未来への不安に怯えていた。
しかし、現在を生き生きと過ごせるようになれば、彼らの不安は消え、妄想は消える。
妄想を生み出さざるをえないこころの源がなくなるからである。
…
⑮〈ほとけの笑顔〉
未来への不安もなく、過去への執着からも抜け出して、彼らは、今・ここを精一杯に生き始める。
時の重なりが理解を超える
→そもそも人は理解が届かなければ、人と関係を結び、人を慈しむことができないわけではない。
食べる、排泄する、衣服を替える、入浴する、そういった日常生活への援助を日々続ける。
そこから「ただ、ともにある」という感覚が生まれる。ともに過ごしてきた時の重なりが理解を超える
(次に「アルツハイマー病者の著作」からということで、「痴呆を生きる不自由」が語られます
《刺激された言葉だけを書きます》。
・死ぬとき私は誰になっていくの?
・頭の中はぼんやりと霧がかかっているようだ。
・疲れやす(くなった)
・「同時進行人間」解体
→《以前は同時に複数のことができたのに、いまでは一つのことしかできない。
脳梗塞発症したツレも-前の記事にも書いたけれど-目の前のこと・話の内容も-脳はその一つの
ことだけの処理で精いっぱいだ》
・騒がしい
→《周囲の刺激、騒がしい環境の中でも-認知症、痴呆ではない》私たちは、多くの刺激の中から
自分に意味ある刺激だけを拾って、他を無視するということを自然にやっている。
→《このことは、認知症者、痴呆にある者も「自然にやっている」
この著作で著者は、「まるで脳がうまく処理できるだけの視界に自動調整しているかのようだ」
と書いておられる》
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自分の個人的な経験に照らしても引用で述べられていることに、深くうなずく。
⑬ 「プライドをもって生きていた」
「プライド」(「アイデンティティ」も似たようなものか)が言われるときは、たいてい
「もって」か「汚されて」場合であり、自分を鼓舞するときとか
自尊心(誇り)が傷ついた(つけられた)とき。
ふだんは心の奥底に隠れていて見えないが、ちゃんと自分を支えている。
(言葉として「プライド」と言わなくても、生きている限り誰もがそれをもっている)
「今・ここ」での暮らし、生活が「プライドをもって生き」られないならば、
「死んだほうがまし」という言葉が(認知症者、痴呆者にかかわらず)出るだろう。
(前記事で紹介した認知症ケアの先達、室伏君士の言葉「いちばん大事なのはその人たちへの
「畏敬の念」を想った。
それが介護者、ケアにあたる者のいちばん大事な心構え、態度の核になくてはいけない)
脳梗塞を患って、脳のその部分のレントゲン写真は真っ白(脳細胞は死んでおり
元に戻る、治ることはないとのこと)なのを見てツレはだいぶんショックを受けた。
もの忘れは増え、「同時進行人間」解体したから一つのことしかできなくなった。
(台所に立っているときは料理などに集中しているわけだから、うっかり《単純なことでも》何か
言ってはならない。
「うっかり人間」の私は忘れ、声掛けしては「うるさい!黙ってて」と言われることがしょっちゅうだ)
ツレはずっと「プライドをもって生きていた」が、こんどのことで少しばかり
「もて」なくなった、自信喪失気味に陥ったようだったが、発症当時に比べると
できることは元くらいに回復した。
(とはいっても、彼女は自分に厳しい性格なので、完全には以前のプライド水準に戻ったと思ってる
わけではない。
私としてはことあるごとに彼女のプライドを持ち上げ、高めているつもり)
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⑭ 「現在を生き生きと過ごせるようになれば、…妄想は消える。
妄想を生み出さざるをえないこころの源がなくなる」
「現在を生き生きと過ご」す。
これも認知症者、痴呆者であろうとなかろうと、人生でいちばん大事なことだ。
「現在を生き生きと過ごせるようになれば…妄想を生み出さざるをえないこころの
源がなくなる」
すごくうなづく。
(「妄想」ではないが)「悪夢」と思えるイヤな夢を見たとき、それほど自分は
「悪人」ではないのに何でだろう?と、夢の原因、思い当たることを考えてみる。
が、わからない。
(でも、現実の中で無意識のうちに「悪いこと」をしており、それが夢となっているのだろう。
《「夢のお告げ」ともいうではないか》ともかく、何でかわからなくても「反省」しなければ…
ただ、「わからない」ので気にはならず、私は「現在を生き生きと過ご」している)
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⑮ 「人は理解が届かなければ、人と関係を結び、人を慈しむことができない
わけではない」
「食べる、排泄する、…日常生活への援助を日々続ける。
そこから「ただ、ともにある」という感覚が生まれる。
ともに過ごしてきた時の重なりが理解を超える」
「理解する」ことは大切でも、ほんとうに他者、他人を「理解できる」だろうか。
(私は相手が《物質、自然現象など客観的世界は科学の力で可能だとしても》人間である限り不可能
だと思う。「理解した」と自分では思っていても、そう信じているだけの主観の問題だと思う。
できることは「理解しよう」と努めることだけだと思っている)
ときどきの「理解」とか「納得」という頭での行為、作用ではなく、大事なことは
毎日の、日常の動作という「事実」。
「食べる、排泄する、…日常生活」から「「ただ、ともにある」という感覚」が
「生まれ」、「ともに過ごしてきた時の重なりが理解を超える」。
「住めば都」という言葉を想った。
(歌『喜びも悲しみも幾年月』も)
どんな所でも、住み慣れるとそこが居心地よく思われてくる(「負け惜しみ」か
「あきらめ」かもしれないけれど)ということだけど、いろいろなことがあっても、
感じ方、受け取り方は別々な人間だから違うとしても、「同じ釜の飯を食う」
ということの繰り返し、客観的な「事実」を共にしてきた「ともに過ごしてきた」
「時の重なり」を共にしてきたことは「理解を超える」。
真実だと思う。
牡丹百 二百三百 門一つ 阿波野青畝