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kame710のブログ

2006年7月10日高所から転落、障害者となり、オマケに胃ガンで胃を全摘してなおかつしぶとく生きています

カメキチの目(2015.12.19 ひとつの悔い)

 

 

                                                  カメキチの目

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 いまサイ(つれあい)は、なんと『源氏物語』に挑戦している。

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 お互い人生の終末を控え、生きているうちに本も読むべきものは読んでおきたいからだ(そういえば、並行して『カラマーゾフの兄弟』も)。

 先日のこと。彼女は言った。「おもしろくない…」

 私は返した。「やめたら」

 

 まっ、いまはおもしろくなくても、“我慢”して読み進めれば、おもしろさが出てくる、かもしれない。

 なんせ後世に大作・名作と称される物語だ(瀬戸内寂聴さんも魅せられている)。

 が、読書は我慢するものなのだろうか?…ウウン?

 

 初めはイヤイヤでも、途中でおもしろくなればいいし、最後までイヤイヤであっても、イヤイヤに耐えた自分をスゴイ!と称賛できるなら万々歳。

(このことは読書だけでなく、なんにでも当てはまるのだろう。たとえば、それがいまの自分には理解できなくても、押しつけられ、わからないままやるしかないことでも、あとになってわかることがある)

 

 子どものころ、私はほとんど本を読まなかった。

「もう一度、人生やれるなら、世界(日本)文学(選)全集を読みたい」

「わからない言葉があったら、そのつど国語辞典ひいて調べたい」

 

「手間がかかる」「面倒くさい」…から逃げる。

それで、私は人生の大半を過ごしてきた。

「ローマは一日にしてならず」

長い年月をかけ、自分は形作られた。

 

 ところで…

 いまはおもしろくなくてもあきらめていないようだ。

 この前はたしか、『アンナカレーニナ』がどうのこうのと言っていた。

 

                   ちりとてちん

 

112 サンタクロース2号

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「画竜点睛を欠く」