カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

カメキチの目(2015.3.21 小山清『小さな町』)

 

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   おたずねくださり、ありがとうございます 

  

   

 

 

 

 さいきん、小説『小さな町』を読んだ。

 あるきっかけで、知った。

 小山清という小説家の作品である。大げさな表現だが、小山清も、『小さな町』も、たぶん知ることはなかっただろう。

(知った、読んだからどうだってことないんだけどね)

 だけど、なんでもモノゴトは「あるきっかけ」がある。それがそのモノゴトとの「出あい」につながる。フシギなものだ(仏教ではこれを“縁”という)。

 思えば、人生というのはオギャーと産まれ落ちたときからあの世にいくまでそうなんだろう。どうってこともないことで成り立っているんだろう。

 

                    

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『小さな町』

                 

 戦前の東京、下町が舞台である。作者は小説家だが、売れない小説だけでは食っていけないらしく、かけもちで新聞配達を仕事としている。

 小山清の自分をみつめる目はシニカルだが、配達先の読者とその家族にそそがれる目はあたたかい。

 たしかにモノが少なく貧乏な時代ではあるが、時間が現代とはちがい、ゆっくり過ぎ去っていく。

 小説家と新聞配達夫の組み合わせは異例だったけれど、しみじみとした内容であった。いいものを読んだ。

 

 人が生きるとは地味で、目だたないこと。

 でも、一人ひとりにとって絶対的なもの、かけがえのないものなんだと、強く感じた。

 心酔している仏教家のひろさちやさんがなにかの本で述べておられたが、人間すべてだれも、仏さん・神さんが決めた人生の舞台では“主人公”なんだということを、強く感じた。

 

 私たちのブログだって、一つひとつ、そうなんですね。 

 

                   

                  ちりとてちん

                  

 

35 かに

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折りかたがけっこう複雑で、やむなく妻にてつだってもらいました。

ありがとう。そのとき、「目を付けたら…」と言ってくれ、

「そりゃ、いい!」と答えたら、マッチ棒でこんなのをこさえてくれました。

どうです?いいでしょう。

付けてから思ったのですが、これがなかったらタコ(イカタコのタコ)みたい

でした。

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