カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2020.11.6 おかあさんだいすき

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先日、『相棒』という刑事ドラマを観た。

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                    (グーグル画像より)
同じころ、人々の生きざまを鋭く、温かい眼差しで
見つめられる柳田邦男さんの

『言葉が立ち上がる時』という本を読んでいた。二つに、

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                     (グーグル画像より)
人間が生きるということについて、あまりに対照的な

感想を持った。

 

強く印象に残ったので書いてみたい。

 

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■『相棒』

超大富豪の男が、人(だれでも可)を殺してくれたら報酬に(並みの額ではない)

〇億円あげると、100%のゲーム感覚から殺人を誰か(だれでも可)にネットの

裏サイトを通して依頼し、その誰かが実行した。

 

超大富豪は密かにピストルを入手し、殺人を依頼された人物はそのピストルで

殺人事件を起こす。

ところが発砲された人(標的)は大怪我を負ったが死なずにすんだ。

その後の話のスジ、結果などは略します)

 

世の中にはごくごく少数ながらも確実に超大金持ちがいる。

食うや食わずの貧乏でなくとも、破格の報酬、〇億円を出すから人を殺してくれと

いう裏サイトの募集を見つけたら、初めのうちは鳥肌が立つほど憎悪しても

後になると、それはウィンウィンの関係・論理、それは契約の関係・論理、それは

援助交際の関係・論理と何ら変わらないと理由づけをし、自分を納得させる。

そして、ごくごくごく少数ではあっても飛びつく人がいてもおかしくはない

(「おカネの魔力に憑りつかれる」 「お金がすべて」

おカネは最低限、生きるためには必要だが、あればあったで何ら困るものでは

ないし、むしろあればあるだけ何でも「自由」にできる、可能になるのでよい、

私を含めおおかたの人は思う、考える)

 

ドラマは わかりやすくするために極端な、現実には同じことはありえないような

設定をし、ストーリを描く。

フィクションの世界とはいい、手段とスケールだけが小さいだけで、本質はあまり

変わらぬおカネの誘惑が身近な日常にも満ちている気がする。

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■『言葉が立ち上がる時』

この本は、柳田さん(作家。苦悩しながら一生懸命生きている人たちを取材した

ノンフィクションものがほとんど)が現場や本で感銘を受けた言葉の力について

書かれたもの。

いくつかの話題の中で、こういうのがあった(他の話題もいつか記事にしたい)

 

知的発達の女の子を、就学前検診で「専門家」が知的理解力を調べるテストをした

専門家 Q:「お父さんは 男です。 では お母さんは何ですか?」

女の子 A:「おかあさんは だいすき!」

「正解」は 女(または女性)

この子は知的理解力に問題があるとされ、低いIQが言いわたされた。

そして、通うことになる学校(学級)は選別(差別?)される。

 

柳田さんは言う。【引用】 

「からだ感覚」で受け止めたお母さん像…

女の子は知識より大事な真実を答えたのである。

 

しかし、日本の学校教育では、そういう個別の事情で物事をとらえることを排除し

何事につけ一人ひとりの人間と対象との関係性などは断ち切って概念化され

一般化された知識レベルで答えないと×になる。…

 

 (注:下線はこちらでしました)

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 科学技術が、「おかあさん だいすき!」と

結びつけば、どんなにすばらしいことだろう!

 

 

 

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                            ちりとてちん

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