カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2022.1.4 霊・魂・スピリチュアル

初詣がくると「霊」(ひろく霊的なもの)を思う。

 

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                            (グーグル画像より)
霊の存在を信じるか?
と問われれば、若いころはイイエと答えたと思うが、

いまは(迷いながらも)ハイに変わった。

でもホントのところ、こんなの「愚問」のような気がしている。

宗教の信仰の問題のようで、あると信じる人にはある、ないと信ずる人にはない。

 

愛読ブログrecocaさんきょ年の11月終りの記事に「犬猫販売禁止inフランス」

に共感してコメントしたところ返信があった。

その返信に紹介された「霊」について書かれたブログにいろいろ刺激された。

miyoshi71.hatenablog.com

 

ここでの「霊」は「魂」は、よくいう「スピリチュアル」であり、

実体としての霊、得体のよくわからない、まがまがしい感じの存在ではない

私は思った。

 

しかし、関連ブログ(本なども)のなかには詳しく読めば、???…と感じるものもありそうな気がする。

ひと口に「スピリチュアル」といっても解釈、受けとり方はいろいろありそうだ。

 

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昔よんだ内田樹さんの本に、自分は神社仏閣などに参拝するとき、そこは多くの

人たちが手をあわせ祈る場所なので、霊や(としか呼べないもの)などたくさんの

目にはみえぬものがただよっている違いない、自然と頭がたれ、厳粛な気もちに

させられるという意味のことが書かれていた。

別なところでは、霊、UFOや宇宙人、超能力などの存在を問われ、自分自身は見た体験がなくても、

「見た」「感じた」と主張する人がいるのだから、そうなんででしょうといわれる。

 

「霊」というと、いていたとき「わたしゃ霊感がつよくて困る」「更衣室で着がえているときときどき

霊を感じる」とひょうひょうと話しておられた同僚(初老のオバちゃん)を思いだす。

若かった私は「へぇー、そうですか」と相槌をうちながらも、自分に関心がないのでどうでもいい話に

思われ、オバちゃんの気のせいだろうと聞きながしていた

ーーーーー

初めに書いたように、いまの自分は「霊の存在」ばかりでなく超能力も、

UFOや宇宙人も信じる。

「見た」「感じた」と主張する人がいるから、内田さんのいわれるように信じようと思う。

 

ここからはそれとは別の話 -----

紹介ブログの記事「人間の責任」の「スピリチュアル」をはじめ、そこに

リンクされていたほかのスピリチュアルブログもざっとみた。

ざっとみただけでもたくさん、いろいろあった

 

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私は感覚が鈍いようで、いわゆる第六感のような「ピピピー」とくる、感じる

という体験がほとんどなく、霊感は0だと思っているが、そうであっても、

二つの理由から惹かれた。

 

①霊感が0であっても(お金のように「ある」にこしたことはないが)大丈夫という。

「大丈夫」とはノープロブレムということ。

スピリチュアルな言葉、魂にひびくような言葉がたくさんあった。

2、3年前にそういうブログの読者だったこともある。が、私に真剣さ、真面目が足りなくて読者を

やめる羽目になった(いい加減な性格、しかも人間や人生、社会を斜にみようとする私にはやっぱり

長続きはムリだったようだ)。

 

スピリチュアルな言葉、魂にひびくような言葉には惹かれるのだけど…

 

 

 

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                          ちりとてちん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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