7月。夏になった。
あのときは(ことしは早く)ソメイヨシノは散り、遅咲のシダレやハナミズキが
満開だったことが印象ぶかかった。
3か月すぎた。まだ3か月か…
でも、もう3か月。
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障害者。
自分のような、杖つく姿からハッキリとわかるものではなくとも、ツレも仲間に
なったと思っている。
その私は今月でちょうど17年目の(自慢じゃないが)「大先輩」。
彼女なんか「ヒヨッコ」だ。
(「大先輩」すぎ、「ヒヨッコ」の心細さ戸惑いに鈍くなっている)
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私の障害が少しでも軽くなるようリハビリなど正攻法だけでなく、秘策も凝らし
試してくれた(効果のほどはどうだったのか…ウ~ン?わからない)。
ともかく気もちよく生活を送れるよう身のまわりをいろいろ創意工夫してくれた。
(お陰で障害者になったという事態、事実を私は自然に受けいれることができた。
「衣食足りて礼節を知る」の礼節、心ではないけれど、日々を気もちよく安心して過ごせるよう生活
つまり衣食に気を配ってくれたからこそ、私は自分の心が元気になることだけに集中できた)
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人生はほんとうにわからない。
3か月前にツレが脳梗塞を発症し、そろって脳の障害者となった。
(障害は私は身体に、彼女は頭に現れた)
いまでは「仲間」「同士」なのだ。
それなのに、…
私は大先輩なのに、心ない言動で心を傷つけたり、よきと思ってしたことが
「独善」に終わるどころかかえって裏目となり、泣かせてしまうことも…
(言い方が悪かった、やさしく言うべきだった、気を遣うべき…と後悔することの何と多いことか)
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5月19日の「あれ以降」という記事に、
①同時に二つか三つのことを行うことが出来なくなった。
②(知識、記憶など関連した複数のことを)相互に結びつけ統合して考える、
または逆に一つの物事を分解、分析して考える、
そういう抽象的な思考が苦手・困難になった、と書いた。
3か月たって痛感することは、そんな「高度なこと」ができなくなったことよりも
「単純なこと」だ。
(同じく二つ)
①すごく疲れやすいこと。
人は起きているとき、何らかの感覚・感情をもち、気を使い、思い、考えている
(つまり脳を使っている)ので誰でもそれなりに疲れる。
けれど、ツレの疲れ方は(ヘンないい方だけど)「見事」なのだ。
②ある事をしているときは(何であれ)脳がその事に集中している状態にあり、
横から急な声かけなどすると、彼女の脳は混乱し、集中が途切れる。
途切れると、どこまでしていたのか、ひどいときは自分が何をしていたのかさえ
わからなくなる。
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本には(ひと口に「脳梗塞」といえども)個人によりさまざまとあった。
ウチの場合、上のような症状に、「気分が悪い」と言ったり、声に元気がない
張りがないときがよくある。
脳梗塞などでやられた脳細胞は蘇らない。だから、
起きているとき、何かをしているとき疲れるのはあたり前、仕方のないことだと
しっかり自覚し、ガンバリは諦めるよう、私はヘビのようにしつこく言っている。
(努力、ガンバリが苦手で嫌いな自分を弁護するわけでは決してない)
ゴチャゴチャ書きましたが、5月19日以降の日記からの抜粋です。
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20日(土)
お義姉さんたち姉妹のグループにラインしている…
この頃はラインなどのメールを以前のようにちゃんと打てる。
すごい上達、回復ぶりだ。
一人では何も出来ないと思っているようだ(そういう不安があるのだろう)。
少し涙を流した。
(私の心配ぶりが大げさなので、それが本人の自信のなさにつながっているのだろうか)
23日(火)
(ツレが自分一人でいろいろネットで調べて旅を計画した。まったくこうなる以前のようだ)
計画に抜けたところ、間違いがないかと印刷したものを見せる。
こんなことで確認を求めるということは、以前にはなかった。
それだけ、自信を持てなくなっている。
トイレに入ったとき、いまの自分についていろいろ思うと言う。
気になることがあったり、「わけがわからなくなったとき」は気分を鎮め、
落ち着くためにトイレに入ると言う。
ホームベーカリーが終了のピーピー音を報せたけど、彼女には聞こえない。
「いま鳴った」と言うと、「私の仕事とまかせず、気がついたら自分でも
やるように(鳴った後の作業)」とのたまう。
24日(水)
(夕食の料理中で台所は食材や皿などがいっぱいだった。そんなこと考えずに私は自分の都合で
なくなったコーヒーポットを置いた。そのすぐ後)「こんなところに置いて…」と怒り、
続けて「(何をしていたか、次は何をしようとしていたか)わからなくなった…」
と取り乱す。
26日(金)
「このままバカになったら…」とか「何もできなくなったら…」とか、
みんなに迷惑をかけて死にたくないなど、マイナーなことをよく言う。
頭が混乱してわけがわからなくなるとき、特にそう思うのだろう。
夕べもそんなこと言うので、心配ない、そんなことないよと返す。
そのときは、まるで幼い子のように健気に「ウン、そうだね」とうなずいた。
27日(土)
この頃は、脳梗塞を発症する以前のような力がこもってきた気がするときもある。
(こっちが)何かのヘマをしたりするとからかうこともある。
元気になってきてほんとうによかった。
でも、悲観的なところ、弱気になることは相変わらず…
(ツレは座り机でパソコンしている)立ち上がったとき、気分が悪いと言う。
それに身体がだるいようで、「このだるさはどうしてかな?」と言う。
今朝は子どもや孫が帰ってくるのでその用意をしたり、トイレなどの普段やらない
掃除までやり、長く脳や神経を集中していたからだと思う。
ひどく疲れたのだ。
気分の悪さは長く続き、一向によくならないのでベッドに寝に行った。
28日(日)
毎日あるいは隔日の決まった用事を忘れ、わからなくなり、キョトンとした表情を
しながら立ちすくんでしまうことがある。
そんなときは「何かヘン?…」という感覚があるらしく、自分のすべきことを
「思い出している」ようだ。
(それでも思い出せず、忘れていることがよくある。だいぶん減ったけど大事な薬の服用も)
(明日から旅というのに、絶対してはならないようなケンカをして、落ち込むほどの反省をした。
そういう私のところへやってきて言う)「私がそばにいたら邪魔になると思ったら、
別々暮らしてもいいよ」と、あり得ない話を。
6月6日(火)
「夕飯の用意が終わるとホッとするわー」と夕食づくりを終えて言う。
実感がこもっている。
で、「それほどのストレスの元、負担になっているんだ」と返したら、
「そんなことではないよ」とのこと。
7日(水)
今日はずっと(一日中)調子悪く、元気がなかった。ともかく力が入らない感じで
声も蚊のなくようなもの。何でこうなのかは本人にもわからない。
確かにいままででいちばんよくなさそう…。
「大丈夫?」と聞くと大丈夫だと答えるけれど…。
8日(木)
昨日より少しはマシなのかもしれないが、たいして変らないのだろう。
「やっぱり寝てくるわぁー」と言いベッドに行った。…
(私は)ともかく本人が穏やかな安心した気もちになれるよう、調子のいいことや
いまの状態に慣れること、受けいれることのたいせつさばかり言っているけれど、
本人の気もちは複雑に違いない。
10日(土)
いちおう、朝のそのこと(行き違いでケンカのようなことがあった)はケリが着いたけど、
元気のなさは心の病みたいで気にかかる。…
だいぶんよく寝ているので、心配になる。…
今朝の情緒不安定なことが響いているのだろうか?
11日(日)
元気が感じられる朝を迎えられると嬉しくなる。よかった。
だけど、元気があるのかないのか、体調はどうなのかということ自体が
本人にもよくわからないらしい。
13日(火)
4、5月は気候が好かった。頭を含んで体調は、天候と深く関係している。
4、5月は「気分が悪い」と言ったり、情緒を乱すような言動はあまり思い出さない
20日(火)
夕べあれだけカンカンガクガク言い合って決めた行動予定のはずなのに、
思いがすれ違っていたようで、朝からの行動予定が「違う!」と怒る。…
怒って何も言わず外に出て行った。…
気になるけれど、そっとしておこう。
24日(土)
買い物に行く。
行くときは元気だったけれど、店内では(今日はとくに)気分が悪いと言う。
店のたくさんの商品の陳列棚を前にして、あれを買わなければならない、
これは何処にあるかといろいろ考えなければならないし、それが積み重なって
脳が疲れるのだろう。
帰りの歩いているときは元に戻り、元気になったので一安心。
29日(木)
今朝、まだ起きたばかりのとき、「今日は何日の何曜日?」と聞く。
「私、今日がよくわからない」というようなことを言う。
(こっちは)「今日は29日の木曜日」とはっきり答える。
30日(金)
よく「知らんけど…」「わからんけど…」と、前置詞のように言ってから、
肝心なことに移る。それだけ、頭の中が混乱していて、こっちが当然のように思い
想っていることでも霧がかかっているようにモヤモヤしているのだろうか…