カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2024.1.12 キツネとブドウ

おなじみの「キツネとブドウ」というイソップ童話です。

 

空腹のキツネがブドウ畑にやってきた。

ブドウはたわわに実っており、見るからに美味そうだ。

さっそく取ろうとするけれど、実がなっているブドウ棚は高く、口も手も届かない。

取ろうと何度も挑戦、ジャンプするけれど失敗してばかり。

 

「まだ熟れてはないみたい…」とキツネは負け惜しみを言って自分を納得させ《あきらめ》、

トボトボと去った

 

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著者は述べる。

 

愚痴より負け惜しみのほうがまし

「逃した魚は雑魚」と笑い飛ばすのが良い

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負け惜しみ」を言って本心をごまかすより、本心を大切にしなければならない。

ガンバって知恵をしぼり、取る方法を見つければいいのに… と世間はのたまう。

(とはいっても、努力が足りないと自分を叱咤激励してもどうにもならない場合もある。

知恵が出るよう努力しても出なかったら輪をかけて悔しくなるけれど、きっぱりとあきらめればいい。

知恵が出ない、アイデアが湧かないことならなんぼでもあるじゃないか)

 

幼いころは別にして、「負け惜しみ」は口にしてはいけない(悔しさは自分の心の中

だけにとどめるべき)口に出すと卑怯なたわごと、「男らしくない」と思われる。

(知らないうちにそういう道徳感、男性にあるべき姿を養われてきた気がする)

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でも、この本を読んだ今では、「愚痴より負け惜しみのほうがまし

(私のような卑怯で、軽薄で、いい加減な人間には)強く身に染みる。

 

負け惜しみ」をこんな風に肯定的、積極的、前向きにとらえる見方に

出あったのは初めて。

(「目から鱗」のような感じで受け止めた)

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しかし、「愚痴いいかもしれない。

いいところがある。

聞かされる方は少々イヤになってくることもあるけれど、

口にする本人は悔しさ、ストレス軽減・解消になるかもしれない。

 

     


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いずれにしても、どちらも問題の解決にはならないけれど、

愚痴より負け惜しみのほうがましだと著者は言う。

(私は「人によっては」と条件を付けたほうがいいと思う)

 

「自己責任」と思えることでも(突きつめれば)社会にもあると考えがちな私の場合

(給料が低いのは自分の働きが悪いのではなく、労働を正当に評価しない社会が悪いと、

半分冗談ながらも半分は本気でよく《家では》言っていた)負け惜しみのほうが

「逃した魚は雑魚」と笑い飛ばす」ほうが性に合っている。

 

 

 

 

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                             ちりとてちん

今日の俳句

餅焼いて 新しき年を 裏返す  原 裕 

 

 

 

 

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