20年くらい前、働いていた児童福祉施設でのこと。
退所した子どものお父さん(気さくで職員のだれとも仲がよかった)が、
女装した姿でたずねられた。
「○○さん、そっ、そっ、それは…」私たち職員は目を丸くした。
パーマ(かつら)にオシロイにまっ赤な口紅。服といえばサイケデリックなド派手、
紫のロングスカート。足には橙のハイヒール。
「開いた口がふさがらない」という表現は、こういうときのためだった。
(何かの用でたずねられたわけではなかったので、はじめは「仮想大会」にエントリーされて見せに
こられたのかと思った。けれども近くでそんなのないし、私たちの驚きをおもしろがっての、
照れかくしを含んだ「カミングアウト」だったのだろう。
(ちなみに仕事はバスの運転手さん)
ーーーーー
その当時、私はまだその言葉を知らなかった。
「LGBT」。
言葉のまえに、自らの性に苦しむ、違和感を感じる人がいるという事実そのものを
ほとんど知らなかった。
身のまわりにはそういう人たちがいなかったので、あまり意識することがなかった。
しかし「LGBT」を知ってから、昔のことを思いだすと、心あたりがあるものがあった。
ーーーーーーーーーーー
『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』
(グーグル画像より)
という、子どもを読書対象にした「LGBT」の啓蒙書を読んだ。
(内容がふかく、子どもといっても高校生くらいでないと理解がむずかしいそうだ)
原著はアメリカで著者はジェローム・ポーレンさん、訳者は北丸 雄二さん(当時は中日《東京》新聞
ニューヨーク支局長。現在はフリー)という。
訳者北丸さんは「あとがき」でこう書いていた。
【引用】「〈平等を諦めない人たちの記録‐作用と反作用の行方〉
(北丸さんが訳そうとした理由2つあった)1つはその神話的な“隠喩”のいかがわしさへの生理的かつ
論理的な反発から、1つはエイズ禍に対抗する欧米ゲイ・コミュニティの凄まじいうねり音が
(1980年代初めは「LGBT」という言葉はなくGL=ゲイ&レズビアンの頭文字があったくらい)
微かながらもずっと私の耳に届いてきていたからです。
…
LGBTコミュニティは行政がダメなら立法に、立法がダメなら司法に、あるいはそのすべてがダメでも
手を替え品を替え直接行動に訴えて社会をよりフェアなものに変えてきました。
本書は、いま日本社会で聞かれるLGBTの人権運動に対する不満や反発のほぼすべてが
すでに議論し尽くされ、とうの昔に解決済の事案であることも教えてくれます。
つまり、このところ急ごしらえで「理解が進んだ」ことになっている日本社会のLGBT問題の、
その実取り残している多くの空白を埋めてくれるテキストなのです」
「トランプ政権によるこうした公然たる反LGBT施策を背景に、アメリカ社会にはいま白人至上主義、
男性主義といった、時代を逆行反PC(PC→政治的正しさ)の風も吹き荒れています」
(注:「」〈〉()赤字はこちらでしました)
ーーーーー
「LGBT」という言葉を知ったのはそれほど昔ではない。
たぶん役所や新聞の広報、テレビなどのキャンペーンで初めてしった。
広報での標語をくり返すような単純なものより先に、テレビでのマツコ・デラックスさんのような
カミングアウトされた芸能人によってだったかもしれない。
(視聴覚のほうが言語より親しみやすい、慣れやすい。人気のあるマツコさんのような芸人さんは
テレビ局側にも視聴率かせぎになるしウィンウィンの関係だろうか《思えば、このごろ両親のどちらか
外国人のかたの子弟もよくテレビでみかけるようになったが、これも「多様性」の尊重だろうか)
「LGBT」の人たちの存在と振るまいを自然に受けいれられるようになったのは、
きちんと「LGBT」について理解してからだ。
理解はできても、自分自身が当事者ではないからその人たちの実感はわからない。
実感がわからなくても、違和感はない。
(障害もそうだが)同じ人間として想像ができる。
-----
本を読んで、
「いま日本社会で聞かれるLGBTの人権運動に対する不満や反発のほぼすべてが
すでに議論し尽くされ、とうの昔に解決済の事案である」の部分が強く胸にきた。
書名が『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』
というように、本は世界中、とくにアメリカでの「LGBT」の人たちの壮絶な闘い
人権運動がきわめて具体的に、ひとつずつていねいに描かれていた。
日本の戦後民主主義は「敗戦」により、きわめて簡単、できあいの何かのよう
に占領軍によって与えられたことを連想した。
「1980年代初めは「LGBT」という言葉はなくGL=ゲイ&レズビアンの頭文字があったくらい」だった
のに、いまは「LGBT」が多くの人にしられることになった。
歴史はやり直すことはできない。
だいじなことは、与えられたものであっても、いま手にしている民主主義、
「LGBT」の権利をより充実したよいものにしてゆくことだろう。
〈オマケ〉
その① 「LGBT」というと、やっぱり古い人間は政治、社会のことを想う。
若い人たちの場合、時代おくれの差別意識がなく、偏見のない、さわやかな眼をもっている方が
老人より圧倒的に多いと思うけれど、なのに、多くの若者がこと政治となると棄権する。
(結果的に現状肯定。野党はそこまで魅力ない、情けないと思われているのだろう)
その② 先日、NHKの『クローズアップ現代』という番組で、レズビアンの人たちが、
初めはお互いがいっしょにいるだけで満足していたが子どもを育てたくなり、
精子を「ボランティア」で提供している若い男性(真面目に善意でお金をもらうこともなく行っており
すでに何十組もの人に提供)の世話になることにしたことを、当事者たちからのインタビューを交え、
専門家の意見をききながら、さまざまな問題点を指摘していた。