カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2021.6.1 読書記事

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ブログをやろうと思った動機は、自分の人生にはまったく予定になかった障害者に

なり、「さて、どういう気もちでこれから生きてゆくか…」と悩んでいたころ、

偶然、本屋さんで禅語の文庫本に出会い、知ることになった言葉がとても新鮮に

心に響き、その禅語を多くの方に知っていただきたいからだった。

(それもあるけれど書くことが自分には復習になるからです。 それに前回書いたように、退職して

自由な時間がいっぱいできたからです

 

禅語も知っているものが少なくて底をつきかけ、このごろの記事はもっぱら

本のことばかりになっている。

(しかし、禅語も本もテレビも要はみなさんに「よろしかったら聞いてください」ということばかりで

同じでした)

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私の読書記事はたいてい「読んでよかった」で始めるけれど、そういうものしか

記事にしないからである。

 

若いときから好きな本は読みたかったが、仕事をしていたら疲れるし、眠たいし

新聞でもウトウトした。

ひと月で一冊も読まないときがあった。

(昔は本は買った。買っても読むのがそういう調子だから本代はしれていた

図書館があることは知っていたが利用したことはなかった。

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 よく読むようになったのは、退職してからのこと。

(もちろん図書館で借りる。でないとお金が続かない)

 ところで、

読みたくても、読める条件がないとダメなのだ。条件は二つ。

① 体が疲れていないこと。読みはじめた途端に睡魔に襲われるようでは

いけない。

② たいせつなことだけど、読みたいものが見つからなければならない。

 

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この記事のはじめに、(「それもあるけれど、書くことが…」と)小文字で遠慮がちに

書いたように、禅語と同じく読書記事も復習するつもりで書いている。

 

〈オマケ〉

「復習」はいいのですが、本からの引用(それも長文)があまりに多いため、そんなの退屈だ、

読む気が起きない、上手にまとめられたレビュー記事がネットにある…と散々、ツレに言われた。

(愛読するブログの読書記事は、本の内容をわかりやすくまとめて紹介され、ご自分の意見や

感想も述べられている。とても私にはできそうもなく、とくに感じた点のみを、なるべく短く書こう

と思っている。今後もよろしくお願いします)

 

 

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                           ちりとてちん

 

 

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