上原隆という人の本を初めて知り読んだ。
(ウィキペディアにはエッセイスト、コラムニストとあります。
この本は、上原さんがどこかで見聞きした人、自分の人生《あるいは出来事》の話を聞いてほしい
という現実の人を取材し、上原さんがそのままのその人の生き様を伝え、ご自分の感想や考えなどを
交え、一人一話としてまとめたもの。
ルポルタージュとも違う形式の書きものでとてもよかったです)
『こころが折れそうになったとき』

(グーグル画像より)
著者は人の話を聴き(その人の)生き様、人生を文章化される。
ひとり一人の話は具体的で細かく、私の力量ではとても要領よくまとめて紹介
できそうにはないのでそれはやめ(是非とも本を読んでみてください)、聴き取り、
取材する中での著者の感想、コメントのようなものだけを2回に分け、
五つの話だけ書きます。
(今日は2話です)
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話1 「今日の喜びを明日に」
(話の具体的な内容はほとんど忘れておりますので、メモしたとこだけ紹介します)
「〈いつも、将来のために現在がある〉
「なんていうかな」打海(聴き取り相手の名前)は考えながらゆっくりと答えた。
「将来のことを考えては今日は生きられないってことなんです。…」
(打海さんの生活は今日一日が精一杯。
「将来のために現在がある」というような、ある意味で余裕のある生活ではない。
著者は、余裕はなくてもいま現在を精一杯生きている打海さんの姿に感銘)
将来のために現在がある生活(をしている人)は、将来が目的で現在が手段…
将来よりも現在を一段低いと考えているのではないだろうか」
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著者が言いたいのは、「今日の喜びを明日に」ではなく、
「今日の喜び」は「今日」のうちに、ということ。
(もちろん「今日」は「明日」に対してのこと《「今日」というよりこの「今」・現在》)
キリスト教の聖書では「明日を想い煩うな…」というし、
仏教の禅では「いま・ここ」なくして自分はないという。
「将来が目的で現在が手段」であってはならないとはよく言うけれど、
「将来よりも現在を一段低いと考えている」という表現を初めて聞いた。
(なんと新鮮な言い方だろう)

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話2 「笑い」
(ここも話1と同じです)
「戦争中に「戦争反対」といって指一本上げられなかった自分を、それが自分だと認めて、
笑い話にできるくらいにならなければダメだ。
こうして、鶴見は自分を救い出した」
(鶴見というのは哲学者の鶴見俊輔のこと。鶴見さんはあの戦争のとき、その戦争が間違っていると
わかりながらも「戦争反対」の行動をとろうとしなかった自分を戦後もずっと責めた。
その事実を「笑い話にできるくらいにな」り、やっと「鶴見は自分を救い出した」)」
「ちっとも強くなれないが、ボクシングが大好きな)ボクサー嶋田のちょっとした仕草が
禁欲的で近寄りがたいという印象を崩したし、(妻)冨美子と母親のダジャレの応酬が、
介護は苦しいという重い気分を軽くしてくれた…
(嶋田は大好きなボクシングを続けて行くため禁欲的とも言えるくらい真面目な人間だが、
家計は苦しく、理解ある妻は母の介護もしなくてはならない。
そういう生活の中でよく「冨美子と母親のダジャレの応酬が」楽しんで行われる。
他愛のない笑いだけど、「介護は苦しいという重い気分を軽くしてくれ」る)」
「笑いには、こわばりをほぐす力がある。…
自分のつらいことや失敗を笑い話にすることで、経験を客体化することのない、
あるがままの自分を受け入れることができるようになる。
本当につらいとき、人は自分を支えるために笑うしかないことがある」

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「笑い」というと、若いとき映画館で観たチャップリンの映画を思い出す。
映画に、「本当につらいとき、人は自分を支えるために笑うしかない」という
意味のことを痛切に感じた。
(私はまだ「自分を支えるために笑うしかない」ほどの苦痛、悲哀に出遭ったことがない。
もっとも障害者になった原因の「木からの落下」は自分の落ち度と笑うしかなかったが…)

村の子 これで全員 里神楽 富田範保