♪ おたずねくださり、ありがとうございます ♯
集団的自衛権を認める「安保法案」が衆議院をとおった。たとえ参議院で否決されようと、法案は成立する。
これから、何が起きよう?
ときの内閣は、何が起きようと、どうにでもできる。
憲法のしばりは緩められたのだ。
あれだけの抵抗をおして法案成立に向けて意地をとおした安部首相。
その真意・動機を知りたく、その後も刑事カメキチは調査を続けた。しかし、残念ながらいまのところ絞り切れていないようだ。
が偶然、彼が最近よんだ本にうがったことが書かれており、彼はポン!膝をたたいた。
著者は政治・経済の評論から知性の身につけ方まで、幅広く人間や社会に関心をもつ人だ。
この問題も、安部首相の口からはじめて出されたときからずっと追ってきた。
著者によれば、安部首相がそこまでこだわるのは「心」の問題であり、法とか政治制度、つまり論理の問題ではないという。
(ガッテン!彼は心情的な人なのか。
はじめて首相になったとき、しきりに日本を「美しい国にしよう」と言っていた。それには国民みんながホーキとチリ取り持てばいいと私は思ったもんだが、彼の言う「美しい」とはなんだったのかな…? あれからちっとも聞かない)
で、首相のその「心」とは?
祖父・岸信介が果たせなかった“夢”、つまり、60年安保改定のとき、当時の岸首相はアメリカに「安保」で一方的にまもってもらうばかりでなく日本もうって出られるような対等な関係をきづきたかったのにできなかった。
そしてこんどチャンスが到来した。
安部首相は、できれば憲法を変えたかったが反対が多すぎ断念した(ここであきらめては男がすたるとばかり、次なる手、すなわち解釈改憲(一種のサギ論理)をうち出した。ご存じ「集団的自衛権」。
この最後の手でおじいさんの夢を実現しようとした。
おじいさんの無念(心)を晴らした首相の心はスッキリさわやかコカ・コーラといったところか。
(著者の推測とは別に、私は想う。
日本がアメリカをたすける、そのためいっしょに戦争を
し、相手国の-自分と同じような-兵士を殺す。こっち
が殺さなければ相手に殺される。
生きて帰っても、戦場の悲惨、残忍に苦しむ。
こんな事態が現実となる。
自衛隊員だけの問題だろうか。
テレビ『報道特集』で、遺書を書く隊員が映っていた)
73 ゆうれい
『おそろしい』。
これがきょうのブログのキーワードです。
ゆうれいが言ってました。
「いくら『おそろしい』いうても、安保法案にはワシとて「カンパイ」(アッ、これは成立させたヤツラの雄たけびでした)、いや完敗じゃ」