カメキチの目
自分の意思どおりに体が動いてくれない。
障害のせいだとわかってはいても、ため息つくことがある。
しかし、私は「ため息」程度ですんでいる、が。
衝撃的な本に出あった。
『ゴースト・ボーイ』というノンフィクションである。
あまりに過酷で、「ため息」ではすまない。
重度の障害を少年時代に負った青年の話である。
12歳のときに不明の病気にかかった。
意識はまったく明瞭なのに、目や耳は正常なのに、体はほとんど動かない。声も出せない。
コミュニケーションがとれないのだ。
そんな彼は、重い障害を負った子どもの福祉施設に長い期間、通わざるをえなかった。
どれほど苦しかったことか…。その苦しさにあえぐ自分の姿を「ゴースト・ボーイ」と呼んだ。
本人のたゆまない努力もあり、運よく手や頭をとてもゆっくりとではあるが動かせるくらいにはなり、パソコンを使ってのコミュニケーションも可能(キーボードで打った文章が音声に変換されます)となって、ついには、すばらしい人と出あい、結婚する。
「コミュニケーション」という言葉は知っていたが、それをあたり前としか私はとらえなかった。
つまり、それが成り立たない世界があることを考えたことがなかった。意思疎通が不可能な世界を想像したことがなかったのだ。
パソコンの音声変換ソフトの存在は知ってはいたが、まったく意識することがなかった。
それを必要とする人にとっては、命のような存在を想像することがなかった。
上のことがよほどショックだったのだろう。
夢をみた。
(肝心の“コミュニケーション”とは関係ないが)
宇宙ロケットを飛ばし、月にいき、DNAの構造を明らかにし、ニュートリノに重さがあるとつきとめた人類。すばらしい!
とは思うが、雨が降れば濡れないためにどうするか?
カサから進歩していないのはどうしてだろう?
「カサで十分!」
「カッパがあるじゃないか!」
《けっきょく、必要ないということか》
それはそうなんだが…。
私が少年時代。漫画に“バリア”というのがあり、自分の周り、だいたい半径2~3mは安全地帯となり、悪い侵入者を防いでいた。
漫画はSFで、敵から身の安全をはかるというものだった。
(侵入者の襲撃はいまのところ心配ないので考えなくてもいいのだが)弾丸はムリでも雨粒くらいはじいてくれるものがいまの科学技術でできそうだが…
118 箱三題