カメキチの目
③ ときには自分のいまをふり返り、
心の声を聴いてみる
【引用】
イ 豊かさの転換が必要
このあたりで豊かさの物差しを変える必要があると思うのですね。同じものの量が多いのが豊かだとする数量主義的な発想ではなく、質の違ったものがいろいろあることが豊かなのだ、多様性とは豊かなことなのだと、発想を変えるべきなのだと思うのです。価値を測る物差しを複数もち、それぞれの物差しに関しては量がそれほど多くなくてもいいとする、そういう豊かさに方向転換すべきだと私は思っています。…
多様とは豊かなことなのです。ただしそういう豊かさを味わえるためには、受け取り手側が多様な価値に対して開いている、つまり自分自身が多様である必要があります。…
ロ 生物学的世代間倫理
生物多様性の問題は、この多様な世界を次世代に残すべきであるという次の世代への配慮が関わってくる問題です。だから功利主義、つまり現に生きている人たちの幸福だけを問題にする倫理観が広く受け入れられている現状では、生物多様性の減少がなかなか問題になりにくいのです。…
ハ 広い利己主義のすすめ
(ハンナ・ヨナスのいう)「真に人間の名に値する生命」
私は、多様なものとの付き合いを通して、またそういうものを自己の内に取り込むことを通して、「人間の名に値する」人間が形成されていくものだと考えています。ここでも1000万を超す多様な種と付き合わねばならないのかは問題になりますが、原則として選り好みせず、すべてに対して開いているという姿勢こそが「真に人間の名に値する」人間の姿勢だと考えたいと思います。…
ニ 生物多様性条約 → ①生物の多様性の保全 ②その構成要素の持続可能な利用 ③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分
生物多様性の減少を生み出している原因は南の貧困と人口増加、北の資源の使いすぎです。貧困を非難することなどできませんし、産児制限をせよとは言いにくいことです。ですから文句をつけるとすれば南ではなく北に対してでしょう。なにせ北は世界の人口の2割しかいないのに、交易される原料の8割を使っているのです。南の生物多様性の減少と引き替えに作られている食物の多くは、南の人たちの口に入るものではありません。アマゾンで作られる牛肉の多くは輸出用で、ブラジルで一人が食べる牛肉は、アメリカの飼い猫一匹の食べる量よりも少ないのだそうです。…
ホ 今の生活は問題だらけ
私は生物多様性の問題をはじめ、すべての環境問題の根底には現代人の時間観があり、これを変えなければ環境問題の根本的解決はできないと思っています。…
でも今のような「罰当たりな」生活がずっと続けられるとは思えません。
罰当たりの第一は、赤字国債をどんどん出して、次世代につけを回しながら今の世代だけがいい思いをしていること。こんな経済は早晩破綻します。罰当たりの第二番目は、身の丈をはるかに超えた暮らしをしていること。…
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赤色のところ、三つを考えてみた。
イの前半 同じものの量が多いのが豊かだとする数量主義的な発想ではなく、質の違ったものがいろいろあることが豊かなのだ、多様性とは豊かなことなのだと、発想を変えるべきなのだと思うのです。
この部分を読んでいて、ある本(『常識的で何か問題でも』)で内田樹さんが述べていたことを思いだした。
もうすぐ、参議院選挙。
(あれ《新聞・テレビがよくする事前調査》にはウンザリする私ですが、また与党がより勢力を伸ばしそうと伝えています)
個々の政策には多くの人々が反対なのに、選挙すれば
安倍与党が勝ち、長期政権が保たれているのはなぜ?
【引用】その本より
官邸が熟知しており、僕(内田樹さん)が過小評価していたのは、現代日本人が厳密で客観的な格付けシステムに嗜癖しているということでした。…
つまり、(政治に限った話ではないが)キーワードは「格付け
システム」。「ランキング」
「格付け」に多くの人は弱いということ。
(「格付け」=「差別」ではないのでしょうが、きわめてよくなじむ言葉のような
気がします)
「格付け」の前提は同質。何か(それが問題なのですが)の質を
同じにすれば「数量主義的な発想」になる。
野党は与党と違いをきわだたせようと違いを
強調するけど、国民の私たちには
「どっちもどっち…たいして変わらない」。
(政策などをつぶさに見れば違うところもありますが、大きな印象は「たいして
変わらない」。どの政党もイイこと掲げてウソをつく。同じ「ウソつき」なら
数の大きい方にくっつくほうが何かと得だというわけです)
「なんとかランキング」とか「なんとか総選挙」で
順位を競うテレビ番組が盛況なのを内田さんは
「嗜癖している」といわれるのだろう。
イの後半 ただしそういう豊かさを味わえるためには、受け取り手側が多様な価値に対して開いている、つまり自分自身が多様である必要があります。
いくら相手が豊かでも、その豊かさをきちんと
味わえなければ。
(ブログをしていると、私にはよくわからないことに出あうことがあり、
自分の狭さを感じる。つまり、同時に世界の広さ・多様さを知るわけだ。
だけど、私は知ろうとはせず、「知らなかった…」で終わってしまうまま
がほとんど。
「多様である必要」は感じ、いろいろ知りたいとは思うのですが、
「多様」は限りなく感じられ、知るのが面倒くさくなり…あきらめ…
結局、自分の価値観を優先してしまい、相手の持つ豊かさを味わえない)
ホ 罰当たりの第一は、赤字国債をどんどん出して、次世代につけを回しながら今の世代だけがいい思いをしていること。こんな経済は早晩破綻します。罰当たりの第二番目は、身の丈をはるかに超えた暮らしをしていること。
罰当たりの第一、赤字国債乱発の弊害は
あっちこっちでいわれている。
なんで赤字国債乱発をするのかといえば、
突きつめれば第二の罰当たりになる。
(自分ところの家計でいえば、親である私が先に生まれたことをいいことに、
借金してでも贅沢に暮し、その借金のツケは子どもや孫にまわせばよいこと。
何代か先のためにと木を植えるとの真反対)
本の最後に著者はこう言っていた。
【引用】
幕末に日本に来た外国人はみな、日本人は満足して幸福だという印象を受けたと…
地球が破綻する前に日本経済が破綻してくれた方が、生物多様性のみならずいろいろな方面へのダメージが少なくて済むと思っています。…