カメキチの目
この本は、とても刺激的で全部おもしろかったのですが、最後にもう一つだけ。
【引用】
第二次世界大戦は内燃機関の総力戦であった。…また、いわば軽量化された機関銃(マシン・ガンつまり機械銃)の多用もまた、近代戦の特徴を示している。…第二次世界大戦は徹底した近代の特性を示しているといえるだろう。…
アメリカには戦争に対する固定した観念がなかったことが機関銃の発明を促進した。しかし、ヨーロッパにおいては、機関銃は植民地においてしか当初使用されなかった。それは、機関銃(機械)による殺人(殺戮)が同じ白人にはできなかったことを意味する。機械による殺戮は人間とは認めない異民族(有色民族)においてのみ執行されたのである。これは、機関銃が出現してもなお、戦争がいまだ人間によるぶつかり合い、つまり突撃によっておこなわれるべきだと考える軍人たちの固定観念と根をひとつにしていた…
(19世紀の「貧困の発見」)貧困への「同情」は同じ人間への「同情」を意味する。…
ダーウィンの「進化論」の出現は、動物(言葉のしゃべれない人間の親戚)を哀れな存在として捉えるまなざしの出現。その感情は貧しさに喘ぐ人間や奴隷にも向けられる。→ストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』…
南北戦争の要因のひとつに、南北における機械産業化(動物や奴隷の労働力を必要としない)の格差、したがって奴隷問題があった。南北戦争は戦争を効率によって闘う、いわば偏見のない近代的なものへと変化させるものであったといえるだろう。…
南北戦争のような戦闘は、伝統的な観念に固執したヨーロッパの軍人には馴染みにくかったが、結局、機関銃は第一次大戦で使われることになる。…
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「家政学」に「マシンガン」が登場する?…
労働の辛さから解放され、ラクになろうとすれば機械化が必然の流れ。内燃機関が発明され、それを利用した機械が登場した。→「産業革命」
(ここまでなら、「家政学」なのですが)
同じくバカな「人間の必然」である戦争で、敵を殺すのもラクにできればいい。合理的に殺人を行うためにマシンガンが出てきたのも必然。
戦争はほんとうに恐ろしい。
杞憂というものでしょうが、ゲームセンターや携帯ゲーム機でボタン操作に熱中している孫たちの姿に、マシンガン(機械銃、自動小銃など)の使用にはまっている兵士を想ってしまいます。流血、悶え苦しんでいる相手兵士の悲惨な姿を目の前にすれば、自分のしていることの罪深さを鋭く感じても、遠く(ましてや、モニター画面での情報だけ)では鈍くなります。だから、近現代になるにしたがって、戦争でより大規模に人が死ぬ。
「しかし、ヨーロッパにおいては、機関銃は植民地においてしか当初使用されなかった」。
「それは機関銃(機械)による殺人(殺戮)が同じ白人にはできなかったことを意味する。機械による殺戮は人間とは認めない異民族(有色民族)においてのみ執行されたのである」
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人種差別を思うとき、私はかつてのベトナム戦争での「ソンミ村虐殺」を想起せざるをえません。もちろんストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』も、アメリカ黒人の公民権運動も、キング牧師も、南アフリカのアパルトヘイト…も。
さきの自分のブログ記事にもリンクさせていただいた敬愛する方の記事にある原爆投下の事実もお読みください(遠い過去の残酷な、惨めで悲しいできごとですませないように、こういうできごとを若い人たちに知ってほしいと、強く思う)。
「ヨーロッパにおいては、機関銃は植民地においてしか当初使用されなかった」
「差別」というのはなにも人種差別だけではない。
人間だけが差別する。
ということは、「差別的な」人間は、より「人間的な」人間なのだろうか。