カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2018.1.20 『日本辺境論』①

 

『日本辺境論』という本を読んだ。

 

 書名はいかめしいけれど、一般向けに「です・ます調」で書かれた新書版の日本人論、文化論。

内田樹さんの著書。

「エェー、また内田さん…」ですが、またです。「また」でも私にはとてもおもしろく、初めて知り、新鮮な視点に驚きをもつことがよくあるからです。

これもたいへん多くありました。多過ぎて忘れたことが多くあります(でも気にすることなく忘れます。忘れないと新しいことを楽しめません)。

 

本文も引用し、いくつか感想を述べます。

(紹介したいこといっぱいですが、長くなるので全部で四つ)

 

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感想①

 中身はすばらしいけれど、書名が残念だと思った。

 無難に『内田のよくわかる日本文化論』とでもすればよかったのに…

そうすれば本屋さんの店頭で手に取り、「どれどれ、ひとつ読んでみるか…」となる人も出ると思います。

 いきなり日本を「辺境」呼ばわりされたんじゃ「いい気」はしない。

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 自分のルーツが北方大陸系か南方海洋系かわからないが、何万・何千年の大昔、東アジア地域の民族に大きな違いはなかっただろう(「辺境」もなにもあったもんじゃないと思いますが)

 それなのに、いまの日本が東アジアの東端に位置しているだけのことで、たまたま自分の生まれがその地、つまり日本であったというだけなのに、それを「辺境」と言われたもんじゃ気分的にイヤだなあ。

(と、ケツの穴の小さいことを言いましたが)書名はたいせつだと感じました。

自分のことは棚に上げてなんですが、ブログ名や記事タイトルだってそうです。 

 

 もちろん、内田さんはそんな日本を卑下したことを言っているのではない。

「たまたま」(つまり「偶然」)は事実・事象の自然な姿、在りようで、「本質」とか「必然」が一段と高いところにあるわけではなく、それぞれみ(見・観・視)かたが違うだけ。

 アジア東端の島状にまとまった土地(大陸と地続きだったか、日本海ができてから渡ったかは別にして)があり、たまたま、ある人々が住みつき、生活・暮らしを営むようになった。つまり、私たちの遠いとおい先祖。

 よりよい生活・暮らしを求め、みんなが力を合わせ、その結果、日本という社会、国をつくった。

結果的に、最初の平等な関係がいずれ支配・被支配となり、現代のような「格差」社会になろうとも。

 

 日本に限らず、世界中どこの集団、社会、国もそうであるように、人間はどういうところ、場所に住んでいるか生きているかによって、(選択できる自由は限られているので)好むと好まざるに関わらず、その場所(もちろん「時代」という時間も)に影響を受けざるをえない。

著者は、アジアの東端を言い表しやすい言葉としてただ「辺境」を使ったにすぎないのでした(たぶん私のようなヒネくれた受けとめ方をする読者など想定されていなかった)。

 

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感想②

 ここからが、本の中身について。

初めに言わせてください。別に内田さんがこう言っているからと、彼の言説を100%肯定するものじゃないです。ご本人も、内田の書くことを信じるなという意味のことを繰りかえし述べておられます。それに、いちばんたいせつなことは「自分の頭で考えること」と。

 

 初めにすごく刺激されたのは、「『辺境人』のメンタリティ」というところ。

 世界史という義務教育のカリキュラムで、このような視点で歴史をみることは教わらなかった。

 日本を東アジアの「辺境にある国」なんて意識は皆無だった。地図帳をながめ「島国」とは思ったが。

ちょっと侮蔑的な「島国根性」というのはよく聞きましたが、まわりでそれを言う人も日本人なので「自分だって日本人のくせして…」ですみました(「国際的」になった現在では「今は昔」の話)。

 

・中心→中国

・辺境→中国をとりまく国々(ということは、日本だけを「辺境」というのではないのです)

中華思想」とは、中国の漢民族が世界の中心、まん中で、いちばんエライということ。

 それを具体的に表す「華夷秩序」という言葉を、この本で私は初めて知った。

華夷秩序→「東夷」「西戎」「南蛮」「北狄

 

(本書より引用)

【…華夷秩序の価値観は国名に現れます。中華王朝は一文字です。秦、漢、隋、唐、宋、明、清、…四囲の蛮国は二文字で示されます。匈奴鮮卑、東胡、契丹突厥吐蕃などなど。ご覧のとおり、「奴」「卑」…など、いかにも人外魔境的にカラフルな漢字が当てられています。

渤海百済新羅任那、日本などはとくに貶下的なニュアンスの文字とは思われませんが、「国名が二文字」という点で「夷」にカテゴライズされていることがわかります。この華夷秩序の位階でいうと、日本列島は東夷の最遠地に当たります。

中華思想は中国人が単独で抱いている宇宙観ではありません。華夷の「夷」に当たる人々もまたみずから進んでその宇宙観を共有し、自らを「辺境」に位置づけて理解する習慣を持たないかぎり、秩序は機能しません。…

日本列島における民族意識の発生について…その支配者はおのれの極東の蕃地を実効支配している諸侯のひとりとして認識していたということです。列島の政治意識は辺境民としての自意識から出発したということです。…】

 

 そういえば、「卑弥呼」「大和朝廷」…まで、「金印」の大昔からずっと日本のトップは中国皇帝の権威づけがあってこそトップでいられたわけだ。

 

 続いて内田さんは述べる。

【…先方が採用している外交プロトコルを知らないふりをしたという、かなり高度な外交術ではないかと思うのです。というのも、先方が採用しているルールを知らないふりをして「実だけ取る」というのは、日本人がその後も採用し続けてきて、今日に至る伝統的な外交戦略だからです。…

ひねくれた考え方ですけれど、華夷秩序における「東夷」というポジションを受け容れたことでかえって列島住民は政治的・文化的なフリーハンドを獲得したというふうには考えられないか。…

例えば、日本は大陸の律令制度を導入しながら、科挙と宦官については、これを導入しませんでした。…そんな制度があることを知らないふりをした。…知らないふりをする。なにしろ間に海があるんですから。

この国際関係における微妙な(たぶん無意識的な)「ふまじめさ」。これはもしかすると、辺境の手柄の一つかもしれないと私は思うのです。…】

 内田さんのこの論理にビックリした。

 アジアの東端にあり、面積も、「中心」の中国に比べれば圧倒的に小さい島国。その受けいれるしかない力の差、地理的事実を、よくいわれる「逆手」にとったような論理で対抗する日本。

 知っていて知らないふりをするのは「狡猾」とか「ずるい」「ふまじめ」…と、悪くはいくらでも言えるけれど、コトは国際関係である。

 政治と個人の道徳倫理は別べつではなかろうか。

理想的な世の中では同じになると思うのですが。

 この時代の「超大国」中国(「中国」を漢字でこう書くのは「大・中・小」ではなく、「中心」ということでしょうか)を相手に「小国」日本がわたり合うには知恵が必要だったのだのだろう。

「巨人」に「小人」が立ち向かうためには、有効な「対抗手段」が要る。昔の日本人は賢かったんだなぁーと私は感心しました。

でもいまの北朝鮮が、いくら歴史的には朝鮮民族が理不尽にも南と北に(昔の米ソ対立という大国の犠牲の結果により)分断されていても、(大国だけが所有してもよいとされているバカな理屈の)核兵器をもつことによってアメリカと同等になろうというのはあまりに知恵がなさすぎる。

 日本が「ふまじめ」にならなければならないほど、当時の中国は横柄そのもので、口では「自国中心」と言っても世界の中心でいたがる今のアメリカのようだ

 

「知っていて知らないふりをする」

 これは現代日本の外交でもきわめて有効らしい。政治的論理のうちにも脈々と根づいている。

 

また引用です。

【「非核三原則」もその典型的な事例でしょう。…米軍艦は無視して、核兵器を装備したまま、日本の港湾に入って来ている。それを日本政府は「入港前に核兵器だけはずしている」というようなふつう考えればありえない説明で言い逃れてきた。政治家も官僚もメディアも、みんな核兵器が「持ち込まれていること」を知っていて、知らないふりをした。「アメリカにいいように騙されているバカな国」のふりをすることで、非核三原則と、アメリカによる核兵器持ち込みの間の「矛盾」を糊塗した。…】

 

「知っていて知らないふりをする」というのは、昔の中国を相手にしては生き残るために有効だったにしても、時代が進んだ現代では無効どころか、他の国の人々の信頼を失うことだと私は思う。

 

 先日、核兵器廃絶を世界に訴えているノーベル平和賞を受賞した「ICAN」の代表が首相に会いたがっていたのに政府はまともに取りあおうとはしなかった。

 じつに情けなく、泣きたくなった。

 

 

                  ちりとてちん

 

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