カメキチの目

2006年7月10日が運命の分かれ道、障害者に、同時に胃ガンで胃全摘出、なおかつしぶとく生きています

2019.12.6 桜を見る会

        カメキチの目

 

 

 アフガニスタンで、そこの人びとのために地道な

活動をされている中村哲さんが亡くなられた。

アフガニスタンをはじめ中東の人びとから親しまれ、友好的だと思われていた

日本。それがアメリカの仕かけた2003年のイラク戦争のころから変わった。

中村さんが襲われた背景には大きくそのことが関わっているに違いない。

《あるニュースでは、不確かな情報として「水利」をめぐって…ということも

伝えていたが、たとえそうであっても、犯人は中村さんが日本人であるということ

にこだわっていたと思えてならない

 これまで何度も感じ、そのたびごとに思ってきた

ことだが、生命の長さと行いとはまったく無関係な

ことが頭ではわかっていようとも、この方にはもっと

もっと長く生きてほしかった。

(比較はいけないと思っていても、俗人の私はつい名のある長生き人物を

浮かべてしまう。

誰に知られることもなく、自分に忠実に黙々と生き、活動をしている人たちが

いっぱいおられ、中村哲さんのように有名な《本人には迷惑でも、中村さんを慕う

多くの人々がヒーローにする》人は、そんな無名の人たちの象徴なのだろう

 

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中村哲医師の死という悲壮な事実があったあとに、あまりに情けない、

思えばバカバカしい、冗談のような話を書くことをお許しください)

 

「民主主義」という考え方や制度とともに、「道徳」

「倫理」という教科や学問は、放っておけば人間は

何をしでかすかわからず自滅する危険性もあるので、「神」がそうなる前に、人類が長く続くようにとの

はからいから生みだされたもののような気がする。

 

 政治にたずさわる人々は、民主主義の手続きをへ、

つまり法にのっとって政治家に選出され難関試験を

突破し高級官僚や裁判官・検事になったといわれる

大義名分があっても、高潔(とまではいかなくても、少なくとも

疑われるようなことがない)なくてはならないと思う。

 

 私はそう考えるが、別に「高潔(とまではいかなくても、

少なくとも疑われるようなことがない)」ではなくともいいのでは

ないか、という考えもある。

 これだけ政治(だけでなく、公的な仕事)に関わっている者

がおれば、いろいろな人間がいる。

(ごまかし、ウソ・偽り、チョイ悪くらいは許される?

 

 そうではあるけれど、やっぱり公務員は、高潔

(とまではいかなくても、少なくとも疑われるようなことがない)

でなくてはいけない。なぜなら、

彼らを私たち国民は、自分たちが収めた税金で

雇っているから。

 

(きわめて単純な論理、理屈で小学生だってわかります。

 

国を会社にたとえるなら国民は一人ひとりが株主。《株主になるのは「義務」では

ないので私はなったことがなく、細かなところはわからないけれど》自分が出した

お金には敏感だと思う。

「義務」で払ったお金でもかつては自分のものだった。使われ方は気になる。

社長や重役《内閣》は株主が頭をかしげるようなことがあったなら、ちゃんと

納得されるような説明をしなければならないように、「日本株式会社」の幹部も

ちゃんと国民が納得できるような説明をしなければならない

それができぬのなら、社長や重役《内閣》はその職を辞さなければならぬ

 

《「日本株式会社」というのは一民間企業ではなく「親方日の丸」だから、公的な

裏づけがある、信用できる、したがって安全、と私は長く思っていたけれど、

今は変わった。

「資産運用」と称して、国民から集めた《むしり取った》税金だけでなく、年金、

医療保険料など膨大なお金を「政府の裁量」でどこかに回し《投資》したり…。

ツケはすべていつの日か、その政府を選んだ国民にハネ返ってくると確信します》)

 

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 私は「桜を見る会」の疑惑どころか、内閣総理大臣

主催の、そんな遊山行事がある(税金が使われている)事実

さえ知らなかった。

(みなさん、ご存知でしたか。

この調子では「どうせ税金なんだから。自分の懐がいたむわけじゃなし」と、

民間なら完全に無駄遣いとされるような財政支出いっぱいありそう)

 

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 愛読しているオヤジさんのブログにあった、

 

 【引用】 さらに言えば、その根本にあるのは、国民の規範意識 の崩壊だ。本件について、「どうしていけないの?」「たいしたことじゃない」という声がネットに広がり、それを公言する「有識者」まで出る始末だ。追及する記者や野党議員へのバッシングさえ行われる。

 総理を筆頭に、政治家、官僚、検察、裁判所という支配層だけでなく、民主主義を支える国民の倫理規範までが歪んでしまったとしたら、この国の危機は臨界点に達していると言わざるを得ないのではないか。

  古賀氏の指摘は「的を得ている」と爺さんは考えるが・・・。

というところにズシンときた。

 

「高性能のシュレッダーで極細に切りさいた」

「復元不可能」

(「専門業者にまかせる気はないのか?」)

「ない。(サーバー…バッノクアップ…というオマケがつく)

あまりに低次元、お粗末な話…。

 

 ジョウダンのような話が天下の国会議事堂で

真面目になされている。 

(おそらく内心では追求する側の野党も、答える側の政府もそう思っているのでは

ないだろうか。

私は「たいしたことじゃない」とは思わないので、野党は追求の手をけっして

緩めないでほしい。

なぜかというと、国会のこんな姿が日本の未来を担う子どもたちに影響しない

はずがないと信じるから。

大人のひとりとして、子どもにあわす顔がない。

 

以下にオヤジさんの記事のリンクをはっておきます)

tomy2291.hatenablog.jp

 

 

 話がちょっと変わるけれど、同じく愛読している

爽風上々さんの同日の、「ジャーナリズム」を問うた

記事が、自分のなかでは上の記事に重なった。

 短い記事だったけれど、「ジャーナリズム」が

どれほどたいせつなものかを痛感させられた。

 

(こちらもその記事のリンクをはっておきます)

sohujojo.hatenablog.com

 

 

 

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                            ちりとてちん

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